第300話 6ヶ国語を操る男 2

 6ヶ国語を操る男、シモンの話の続きだ。


 シモンがハンガリーでの国際学会からアメリカに戻った時のこと。

 オレの顔を見るなりこう言った。


「いやあ参ったよ。伯母さんが死んじまってさ」

「それは大変だったな」


 さすがにハンガリー人だけあって主たる親戚はハンガリーにいる。


 親切な伯母さんがシモンを学会場まで車で送ってくれたそうだ。


「伯母さんがバックで駐車場に車を停めたんだ」

「ああ」

「そんでふと顔を見たら息をしていなくて」

「ええっ!」

「必死で心肺蘇生をしたけどさ、なんせ車の中だからうまくできなくて」

「それは残念だったな。ところで伯母さんは幾つだったわけ?」

「ちょうど100歳になったところじゃなかったかな」


 おいおい、100歳の運転する車なんかに乗るなよ!


 そう思ったが口に出すわけにはいかない。


「駐車場で良かったじゃん。もし高速道路で息が止まっていたらえらい事になっていたぞ」

「ホントだ!」


 珍しくシリアスな表情を見せたシモンだった。


 長寿の家系なのか、シモンの父親は90歳でピンシャンしている。

 シモン自身、父親が60歳の時の子供だ。



 そういやオレはシモンに軍隊について尋ねた事がある。


「日本には兵役がないからさ、軍隊の事はよく分からないんだ」

「軍隊? ありゃ、大人のボーイスカウトだな」


 前にも述べたが、シモンはハンガリー人でありながら大学も軍隊もスイスだった。


「訓練の時にさ、作戦に必要だってホテルの最上階を接収したわけよ」

「そんなのあり?」

「ありだよ。でも実際のところ最上階ってのはねえな。上から爆弾を落とされたら終わるからさ」

「なるほど、接収するにしても低層階か」

「ああ。でも、俺たちは屋上のプールでくつろいでいたわけ。上官は怒るより呆れていたけどね」


 そりゃあ上官でなくても呆れるだろう。


 それにしても世界は広い。

 シモンはついぞ日本で見かけたことのないキャラだった。


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