第299話 6ヶ国語を操る男 1

「オレの車のバッテリーがあがっちまったんだ。誰かブースターケーブル持ってないかな?」

「俺が持ってるよ。後で手伝ってやろうか?」

「助かった、頼むよ」


米国留学中の研究室ラボでの出来事。

オレの頼みに快く答えてくれたのはシモン。


こいつは何と言うか、独特の存在だった。

妻によれば「安心して悪口を言える男」なのだそうだ。


シモンはイギリス生まれのハンガリー人だが、なぜかハンガリーには住んだことがない。

スイスの医学部を卒業し、兵役もスイスで済ませている。



経歴はともかくとして、仕事の後に約束通りシモンは駐車場にやって来た。

ブースターケーブルを取り出しながら、説明書を読んでいる。


「赤と赤、黒と黒をつなぐんだよな」


ブツブツ言いながらバッテリーにケーブルをつないでいる。

が、オレの目はシモンについてきた美女に釘付けになった。


「お前のガールフレンドかよ?」

「そう、フランス人なんだ」



その後、見事に復活したオレの車に乗って3人で鮨を食べに行った。


彼女はローズと言った。

オレとは英語で、シモンとはフランス語でしゃべる。


言い忘れたがシモンは6ヶ国語を操る。

英独仏伊に加えてハンガリー語とヘブライ語だ。



「それにしてもどうやって知り合ったわけ?」


誰もが知りたい事をオレも尋ねた。


「ある日、パリでパーティーがあったんだ」


待ってましたとシモンは答える。


「そこで彼女と知り合ってさ、パーティーが終わってもずっと話が尽きなくて」

「ほほう」

「俺たちはパリの街を歩きながら語り合った。ヨーロッパの夜は長いからな」


なるほど。


「彼女に魅かれていく自分の気持ちを抑えられなくなってきて」

「おっ、来たな」

「エルビス・プレスリーも言っただろ。"Now or Never今しかない"って」

「告白したのか?」

「告白した!」


それにしても知り合ってから告白するまでの時間、ちょっと短すぎないか?


「そしたら彼女が俺に言うわけよ。『お願い、シモン。聞いて欲しいことがあるの』って」

「おお?」

「私には2人の子供がいるって」


亭主はいないけど、子供がいたのか!


「皆まで言うな。その先はオレに言わせてくれ」


オレは思わずツッコミを入れた。


「"Why don't youどう、私の3番目 become my third kid?の子供になる気はない?"って言われたんだろう」

「当たりーっ!」

「んなわけねえだろ、ホントの事を言えよ」

「ホントだぞ」


何があったかは、彼女がアメリカまでやって来た事から察しがつく。


ここまでは日本でもありそうな話ではある。

が、ここからがオレの想像を超えていた。



翌月よくげつ、シモンが別の女性と歩いていたところにオレは出くわした。


「紹介しよう、オレのガールフレンドだ。イタリア人の小児科医だよ」

「……って、こないだのフランス美女はどうしたんだ」

「別れた」

「そんな事、簡単に言うなよ。子供をフランスに置いてわざわざお前に会いに来たんだろ?」

「世間に言わせれば、俺は頭がおかしいらしい」


後で知ったことだが、シモンがガールフレンドと続くのは平均3ヶ月なのだそうだ。

何しろ6ヶ国語を操るわけだから守備範囲も限りなく広いのだろう。


あきれた話だ。


シモンについては他にも色々な話があるので、順次紹介しよう。


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