第288話 寝小便をしてしまった男

夢の中でオレはトイレを探していた。

ようやく見つけた便器に勢いよくおしっこをぶっぱなす。

それはもう気持ち良いくらいに。


はっと目が覚めた。

まだ朝の4時だ。


あれだけ調子よく小便をしても漏らしてはいないんだ、人間の体って良くできているなあ。

そう自分で感心していたら……実は、良くできていなかった。

というのも腰のあたりに温かいような冷たいような変な感触がある。

あわてて手で確認してみると、やっちまっていた。

大の大人が、寝小便を。


思えば何年ぶりだろうか、大人になってからの寝小便は。


今でも覚えているのは米国留学時代。

渡米したばかりでストレスが半端はんぱなかった。

夢の中で日本への帰国をたしたオレは「やっぱり故郷はいいなあ」と思いながらトイレで用を足した。

後は同じ。

腰のあたりの違和感に目が覚めた。

その時は「こんなにもオレはストレスを感じていたのか!」と自分をなぐさめた。


留学が終わって日本に戻り、救命センターに勤務していた時にも寝小便をしてしまった。

連日連夜、手がげたとか足が切断されたとか、さらには頭蓋骨が割れて脳が出てきましたとか、そんな人たちを相手にしていたら並大抵のストレスで済まない。

ある夜、粗相そそうをしでかしてしまったのだ。

幸い、やらかしたのは自宅での事。

その頃は救命センターの医局のソファで知らないうちに寝てしまっていることも多かった。

万一、そこでおらししていたら人間としての尊厳が吹っ飛んでいたに違いない。


そして、今回。

どんなストレスを感じていたというのか、このオレが?


多分、年末進行と年賀状だろう。

年末年始の休みに備えて各出版社の締め切りが一斉に前倒しになる。

本来なら来月のはずの原稿を年内に提出しなくてはならない。

しかもカクヨムの締め切りは相変わらず毎朝だ。


貧乏流行作家のオレにはつらすぎる試練としか言いようがない!

あ、貧乏流行作家というのは常に締め切りに追われながら一向に儲からない作家の事で、妻に名付けられた。


さらには恐怖の年賀状!

ウチは妻とオレのものを合わせて毎年500枚以上出している。

こうなってくると管理も大変だ。

ひょっとして死人しびとにまで送っているんじゃないかという疑惑を持ちつつ、作成、作成、とにかく作成。

そして投函とうかんだ。


送り先の人が死んだからって、誰も教えてくれない。


かくして両親が結婚したときの仲人なこうどさんにまで送っている。

彼女が生きていたら100歳を超えているはずだ。

でも本人に「生きてますか?」とくわけにもいかないし。


そんなこんなで土日も自宅で鬼のように働いちまった。

寝小便もするはずだよ。


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