第287話 回転寿司殺法の男

オレは手術で使うB級テクニックを考案するのが大好きだ。

そんな大袈裟おおげさなものではないけど自分でみ出した数々かずかずの省エネの工夫。

その1つが、「回転寿司殺法かいてんずしさっぽう」と名付けた止血法だ。


脳外科で最も多く用いられるバイポーラによる凝固止血ぎょうこしけつの時に使う。


まずバイポーラというものから説明しよう。


電気メスにはモノポーラ単極凝固子バイポーラ双極凝固子がある。


モノポーラの方は鉛筆型をしており、皮下組織や筋肉を切るときに通電しながら使う。

切った断面は瞬間的に止血されるので、ほとんど出血しない。


これに対してバイポーラはピンセット型をしており、これで出血点をまんで通電する。

2~3秒も通電すると「パチン!」という音とともに止血される。


頭皮を切開・翻転ほんてんしたときなどは同時に10ヶ所くらいから出血する。

だからこれを「パチン、パチン、パチン、パチン」とバイポーラで順に止血する。


ところがレジデントの止血操作を見ているとイライラさせられることが多い。


・出血点を見つける。

・バイポーラで摘まむ。

・通電する。

・止血された事を確認する。

・次の出血点を探す。

以下、この一連の動作の繰り返し。


こんな調子では何時いつまでっても手術が終わらない。


「そこで、オレの編み出した回転寿司殺法だ!」


手術をしながら何時いつものようにオレはレジデントに説教をれた。


「先生が得意なB級テクニックですか?」

「そらそうよ。人生はすべからく省エネで行くってのがオレのポリシーだ」

「ナントカ殺法って、なんかプロレスわざみたいなネーミングですけど」


オレは構わずレジデントに説明した。


出血点をバイポーラで摘まんで通電している間に次の出血点をみつけておく。

「パチン」と音がして止血が完成したら、すかさず次のターゲットを摘まんで通電する。

そうしながらも、その次の出血点をみつける。


つまり止血操作と同時に出血点の同定どうていを行おうってわけ。

そうすれば、止血作業はもっと効率的にできるはずだ。


「理屈は分かりますけど、なんで回転寿司なんですか?」

「それは良い質問だ!」


つまり自分が回転寿司を食べているところを想像して欲しい。

くちがタコを食べている間に、目の方はレーンを流れてくるマグロをロックオンするわけ。

そして手元に来たマグロの皿を素早く取りながら、もう目は次の獲物を探し始める。

この過程を手術の止血に応用したのが回転寿司殺法と呼ばれるものだ。


オレの説明にレジデントは驚く。


「そんな事を考えながら回転寿司を食べているんですか、先生は?」

「ありゃ、他の人は考えてないわけ?」

「マグロをにらみながらタコを食べるなんて誰もしませんよ、そんなややこしい事」

「しないの?」

「味が混乱するじゃないですか、そんな事したら」


レジデントばかりか直介スクラブナースにまであきれられた。


「とにかくあれだ。1回に1つの操作じゃなくて、複数の手順を同時にやることが大切なわけよ」

「先生の言いたいことは分かりましたから、ヘンな名前を付けるのはやめておきませんか?」


我ながら的をたネーミングだと思ったんだけどな。


少なくともインパクトだけはあるぞ!

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