第286話 ワンオペで家事をする男

ついでなので、忙野ぼうの先生の話をもう1つ。


以前、奥さんがコロナにかかった上に肺炎になって入院してしまったことがある。

そうすると小さな子供が3人いる忙野ぼうの先生も仕事なんかできたもんじゃない。

そもそも自分自身が濃厚接触者で出勤停止だ。


というわけで忙野ぼうの先生はしばらく休むことになった。

同僚たちは「ワンオペで大変ですねえ」といった反応だ。

一体どのくらい大変だったのか、職場復帰した忙野先生にきいてみた。


「もちろん掃除洗濯に3度の食事の準備は全部僕がやりましたよ」


ちなみに彼の家の3人の男の子たちは7歳、4歳、2歳なのだそうだ。


「へえ、3度の食事の準備までやるとはね! お母ちゃんに比べて不味まずいとか、そんな文句は出なかったわけ?」

「子供たちなりに僕に気をつかっていましてね。黙々と食べていました」

「2歳の子まで気をつかっていたとか?」

「そうみたいです」


これには驚いた。


「でも真ん中の子がワイルドで、毎日外に出ないと気が済まないんですよ」

「じゃあ朝晩散歩に?」

「ええ、もう犬を散歩させるみたいなもんです」


同じ両親から生まれて同じように育てられてもそれぞれに個性はあるもんだ。


「でも、宅直オンコールがないからいつでもアルコールを飲めるのがいいですね」

「先生は結構飲む方?」

「もちろん。医学部に入る前は家業の酒屋を継いで、しばらく経営していたくらいですから」


宅直オンコールというのは呼び出しに備えて自宅など院外で待機しておくことだ。

病院に泊まるのは当直という。


確かに宅直があったらアルコールを飲むわけにいかない。

それどころか宅直でなくても患者の急変で病院に呼びつけられることはある。

飲んでいる最中に呼ばれて駆けつけたら「あの先生は赤い顔して病室に来た」と陰口を言われた同僚がいた。

患者から見たら言語道断ごんごどうだんなのかもしれない。

だから普段から飲まない方が無難だ。



オレも滅多に飲まない。

病院に呼ばれたときに車を運転して行かなくてはならないからだ。

タクシーを使っても良い事になっているが、自分で運転した方が安全だし早く着く。


夜中に呼び出されるのは大変だけど、あれこれ考えずに淡々とこなすのが1番いいと思う。

その境地に達するまで長い年月がかかってしまったけど。

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