第265話 諦めずに工夫する男

昔の放射線科には色々な仕事が含まれていた。


現在は放射線診断科と放射線治療科に分かれる。

前者は単純レントゲンやCT、そしてMRIなどの画像を見て診断する分野だ。

後者は癌に放射線照射を行って治療する。


数としては放射線診断医が圧倒的に多い。

放射線治療医というのは特殊な領域だ。



さて、ある日の事。


当院に新しい放射線治療装置が導入された記念に講演会が行われた。

最新の機器、放射線治療、腔内くうない小線源治療が順に紹介される。


そして最後に登場したのが、放生治人ほうじょうはると医師だ。

彼の両親は、ともに放射線治療医。

つまり生まれる前から放射線治療医になることを運命づけられていた男だ。


脳神経外科も総合診療も放射線治療にはあまり縁がない。

だから同じ建物の中で働いていながら、何をしているかを初めて知った。


放生ほうじょう医師によって、ありとあらゆるマニアックな治療が行われていたのだ。



たとえば組織内そしきない小線源療法。

これは子宮頚癌しきゅうけいがんの治療に用いられる。

一般に早期の子宮頚癌は手術、進行するほど放射線治療が行われる。


とはいえ、進行した癌のサイズや浸潤しんじゅん方向は千差万別せんさばんべつだ。

それぞれの症例にあわせて複数の小線源を挿入して照射を行う。

治療計画を計算するのはコンピューターだが、融通がきかない。

隣接臓器に無用の照射を行うわりにはターゲットの線量が足りていないプランが提案される事がある。


だから、小線源を1本キャンセルしてから再計算させて理想的な線量分布を得る。

このあたり、人間とコンピューターが連携しつつ試行錯誤をするのが1番だ。

かくして素晴らしい成績をあげることができている。


「引き続き、世界のトップランナーでありたいと思います」


サラッと言ったな、放生ほうじょう


トップランナーであることを証明するためには英語論文を発表し続けることが前提だ。

言葉の壁もあって、日本人が英語で論文を書くのは中々難しい。

でも放生ほうじょう医師は毎年コンスタントに3編以上の英語論文を発表している。


彼は治療マニアであったが、論文執筆マニアでもあった。



さらに放生ほうじょう医師の創意工夫は続く。


脳梗塞後遺症で常にプルプルと手が震えている患者の放射線治療。

歯科用シリコンや病理用パラフィンで固定して治療した。

おおやけには言えないが東急ハンズで買ってきた材料なんかも使ったそうだ。



極めつけは男子中学生の陰茎いんけい癌。


「チョン切ってしまえば完治させる事はできまが、やはり機能温存してあげたいと思いますよね、男として」


そりゃそうだ。

もし大切な部分を切断されてしまったら、何を頼りにこの少年は根性を出したらいいのか?


「それで『チンかた』を作りました。変形するターゲットは放射線治療のきわめて不得意とするところですから」


確かに。

男の象徴は変形するだけでなく、サイズまで変化する。


「うまく本体を温存しつつ癌を消失させて10数年。つい先日、子供ができたという報告がありました」


「オオーッ!」と会場から歓声があがる。

放射線治療医としての物語が完結した瞬間だった。



最後の症例は認知症の高齢女性。

ずっと「キヨシー、キヨシー!」と大声を出し続けていたそうだ。

ミリ単位の誤差しか許されない放射線治療にとって認知症は大敵だ。

じっとしてくれないので、治療が途中で何度も中断される。


そこで起死回生きしかいせいの1手。


スマホで美空ひばりの歌を聞かせた。

すると、何故か大人しくなったので治療を完遂かんすいすることができたのだとか。

軍歌を聞いたら大人しくなった高齢男性患者の事を思い出して試してみたそうだ。



こういった講演を聴くのは、医学的な知識を得るというよりも、あきらめずに創意工夫で乗り切ろうという姿勢に触れる事に価値があると思う。


オレにとっては有意義な1日だった。


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