第237話 髪の毛がボサボサの男

 前回の話が裁判がらみだったので、もう1つ続けて述べておきたい。


 知り合いの天地あまち医師が労災関係の訴えを起こした。

 家族が生きるか死ぬかの大病をわずらった。

 その原因が過労にあるか否かを争うためだ。


 原告側の証人になってもらいたいと言われたオレは引き受けた。

 というのも、その大病の治療にかかわったからだ。


 裁判に備えて何度も打ち合わせを行う。

 なんと原告代理人は当該医師の実兄、天地あまち弁護士だった。


 兄が弁護士で弟が医師って……なんという学力!

 そういえば、新研修医の中にも兄が判事をしていると言ってたのがいた。

 案外、この組み合わせは珍しくないのかもしれない。


 それはさておき。


 天地弁護士によれば、被告代理人は手強てごわく超優秀なのだそうだ。

 世にも珍しい名字だったが、ここでは仮に優木ゆうき弁護士としておこう。

 次の最高裁判事の候補でもあるらしい。


 オレが求められたのは医局制度についての証言だ。

 医局や医師会については、小説「白い巨塔」のイメージが強烈だ。

 大学の医局が医学界に隠然たる力を持っていることになっている。

「ジッツ」という呼び名で市中病院のポストまで握っているのだ、と。


 半ば本当の事だが、半世紀前の白い巨塔とはかなり様変さまがわりしている。

 まず、「ジッツ」とは呼ばず「関連病院」と呼んでいる。

 人事面では医師不足の関連病院が医局に頼んで人を送ってもらっている。

 だから「ポストを握る」というより「人をやり繰りして関連病院を支えている」といった方が実情に近い。


 こういった事を証言すべくオレは出廷した。


 天地弁護士との主尋問は打ち合わせ通りスムーズに進んだ。

 次に優木弁護士の反対尋問になった。


「!」


 オレは瞬時に優木弁護士の手強てごわさを感じとった。

 髪の毛が……ボサボサだ。


 子供の頃、たまに現れるライバルは皆こんな感じだった。

 いかにも勉強ができそうな風体ふうていをしていない。

 本当に優秀な奴はボーッと抜けて見えるのだ。

 そのくせ信じられない高得点でオレに張り合ってくる。


 無意識のうちにオレは優木弁護士をにらみつけていたのかもしれない。


「あわわわわ! まあ落ち着いて下さい」


 優木弁護士の第一声はそれだった。

 反対尋問は特に攻撃的でもなく、複雑怪奇な医局制度の質問に終始する。

 その後の裁判長の補充尋問も同様だった。


 確かに教授を頂点とする医局制度には明確な規約も契約もない。

 何に似ているかといえば、任侠にんきょう団体がそっくりだ。


 教授が親分で医局長が若頭わかがしら、そして医局員が舎弟の疑似家族といえる。

 関連病院や関連大学が二次団体とすれば、その関連病院が三次団体だ。

 代替だいがわりすると新教授より年上の医局員が多くなってしまったりする。

 この人たちを先代教授の舎弟と考えれば、医局員の中でも伯父貴おじき的存在といえる。


 最近では大学医局に所属しない医師が増えてきた。

 それはそれで立派な生き方だと思う。

 が、オレたちの世代では入局が当たり前だった。

 だから、皆、どこかの医局に所属してゆるく大学とつながっている。


 大学医局から派遣される医師の行動原理は1つしかない。

 教授に恥をかかせない、ということだ。


 だから普段の立ち居振る舞いたちいふるまいはキチンとしておく。

 そして常に学会発表や論文作成の機会をねらう。


 難しい手術にも逃げずに立ち向かわなくてはならない。

 大学や関連病院の手術名人の応援を得てでも正面から戦う。


 多分、任侠団体の人たちも同じだろう。

 親分のメンツをつぶさず、抗争にもひるまないことが大切なのだ。



 実際の証言では任侠団体を持ち出すことはしなかった。

 尋ねられたことに淡々と答えただけだ。

 こういった説明はオレのような中の人なかのひとでも難しい。


 そういえば、昔、医学生に尋ねられた事がある。


「医局に所属することのメリット、デメリットはなんですか?」


 オレはこう答えた。


「メリットってのは教授からの無茶振むちゃぶりじゃないかな。それに何とかこたえようと死に物狂いしにものぐるいで頑張るから成長できるんだ」


 そう説明したが、学生に理解してもらえただろうか?

 それを体感したいなら自分でさかずきをもらうしかないとオレは思う。

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