第236話 無意識に取材する男

 以前にも言ったかもしれないが、オレは漫画が大好きだ。

 年のせいか字の小さい本は読む気がしない。


 そんな中、読み始めた漫画が「MONSTERモンスター」だ。

 第83話「公平だった男」にいただいた読者のコメントで知った。


 コメントには、公平な行いをした主人公が大変な目にあった、とあった。

 実際に読んでみると、確かに第1巻はそんな話で始まっている。

 が、オレにとって面白いのは第2巻からだった。


 とんでもない悪人が登場する。


 だいたい読んでいて面白いのは善人よりも悪人だ。

 魅力的な悪人こそが物語を力強く牽引けんいんする。


 なので、現実世界でもオレは悪人に興味がある。


 以前、とある殺人事件で検察に協力を求められた。

 大勢が大勢を殺した事件だ。

 詳細は第130話「役割を果たす男」で述べた。



 この時は何度も検察官と打ち合わせを行った。

 たまには雑談をすることもある。

 オレは以前から気になっていたことを尋ねた。


「実際に取り調べをしてみて、この事件の加害者たちは極悪非道な人たちなのでしょうか。それとも普通のオッチャンが何でこんなだいそれたことをしてしまったのか、といった感じなのでしょうか?」


 オレの疑問に検察官は即答した。


あとの方です。主犯を除いて普通の人たちでした」


 検察官によれば事件の凶悪さと容疑者の凶悪さは必ずしも比例しないのだそうだ。

 大した事のないチンピラが大変な事をしでかしてしまう。

 その一方で、ちょっとした事件で捕まえたら大悪党だったりする。


 こういう事を知りたかったんだよな、というオレの思いはカクヨム作家なら共感してもらえるだろう。


 この事件では手をくだしたのが普通の人たちであったが、その指示をした主犯は希代きたいの悪人だったらしい。

 ところが彼女は取り調べが進まないうちに留置場で自殺してしまった。


「主犯の方は稀にみる犯罪者で、正直なところ、私たちも怖かったです」

「自殺されてしまったのは残念でしたね」

「そうなんですよ大変な失態です」


 検察官は悔しさをにじませていた。

 怖ろしい一方で、取り組み甲斐がいのある事件だったのだろう。


 この事件では複数回、地方裁判所の証言台に立つことになった。

 事件が複雑すぎて内容までは記憶に残っていない。


 検察官との打ち合わせでもう1つおぼえていることがある。


「無期懲役になった人が10年とか15年で仮釈放されることはあるのでしょうか?」


 オレの質問に対する検察官からの回答は明確だった。


「有期刑の最長が30年なので、仮釈放されるとしてもそれ以上ってからですね」


 なるほど。

 無期刑の人間が有期刑より早く出てしまったら法律上の矛盾が生じてしまうわけだ。

 色々勉強になる……というか、使える!


 検察に協力するふりをしながら、オレは無意識に取材しているのかもしれない。


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