第235話 空が青く見えなくなった男 2

(前話からの続き)


「また、同じ事が起こるかもしれませんよ」

「なんやと!」


兄貴分の声が響き渡る。


「その理由を説明する前に経過をもう1度確認させてもらえませんか」


そう言ってオレは救急外来でのこと、家に帰ってからのことなどを確認した。

もしかして狂言ということもあり得るからだ。


が、患者の言うことは終始一貫している。

そして研修医のカルテ記載とも整合性がある。

当該研修医は馬鹿だが、カルテだけはちゃんと書いていた。


この確認過程が期せずして問診のような形になった。

もはやコーヒーハウスではなく、ここは診察室だ。


「なるほど、それは御心配をおかけしました。本当にすみませんでした」


オレは頭を下げた。

部長と室長もつられて頭を下げる。


「こういうのはアナフィラキシーと言うんですけど、同じ薬をのんだらまた起こるわけですよ」

「そんなもん、お前らが注意したらエエことやないか!」

「もちろん我々は注意しますが、毎回、ウチに運び込まれるとは限らないでしょう」


そう言ったら2人組は黙ってしまった。

どうやらオレの言いたいことの意味が伝わったみたいだ。


「それに1つの薬でアナフィラキシーが起こると、他の薬でも起こる可能性が出てくるんですよ」

「ほな、どないしたらエエねん!」


ようやくお互いの立ち位置をはっきりさせることができた。


気の毒だけど患者は死神に目をつけられてしまったのだ。

「オイコラ!」と怒鳴りつけても死神には通用しない。

死神と交渉できるのはオレたち医師だけだ。


だから言動には気をつけた方がいいんじゃないのかな?


「御本人は2回もアナフィラキシーになったわけですが、その詳細は憶えていますよね」

「ああ、最初は息が苦しくなって、それから首のあたりが痒くなってきたんや」

「次にアナフィラキシーが起こった場合も同じ症状が出るはずです」

「……」

「そういう症状が出た場合には迷わず救急車を呼んでください」

「……」

「そして救急隊にウチの病院の名前を言ってください。できるだけ対応しますから」


もちろん必ず対応できるとは限らない。

その時の事も言っておく必要がある。


「ウチが対応できない場合は、救急隊の判断で別の病院に運んでもらってください」

「ほかの病院で大丈夫やろか。やっぱり先生の所がええねんけどな」


ついに「お前」から「先生」に昇格させてもらったみたいだ。


「ウチならカルテに経緯けいいがあるから対応がスムーズになりますけど」

「そやろ、やっぱり」

「別の病院に運ばれた時の事を考えて紹介状を作成しておきましょう」

「頼むわ、ほんまに」

「それと、時間稼ぎの薬も処方しておくので持っていてください。『アナフィラキシーが起こった!』と思ったときにのんでもらったら症状の進行を遅らせることができます」

「その薬は、どこでもらったらエエんですか」

「私の外来に来てもらったら紹介状と薬の両方を手配しましょう」

「よろしゅうにお願いします」


いかつい男性2人組はオレに頭を下げだした。

考え抜いた対策が功を奏した!

そう確信する。


もちろん思った事をそのまま口にするわけにはいかない。


「いえいえ、このたびは本当に御迷惑をおかけしました」


そう言いながらオレたち3人は立ち上がって頭を下げた。

もうコーヒーハウスの客全員に注目されている。

いい見世物になってしまった。



ということで何とか死地を脱することができた。

帰りの車の中では皆が饒舌じょうぜつだった。

ともに戦った者同士の連帯感が半端はんぱない。


病院に戻ったオレは早速さっそく、妻に電話した。


「無事に帰ったぞ!」


妻からは意外な返答が。


「知ってるわ。3人そろってペコペコしてたの見てたから」


気がつかなかった。

あのコーヒーハウスに居たのか!


「何かあったら誰かが通報しないといけないでしょ」

「そりゃそうだ」



というわけで青空が再び青く見えるようになった。


長く医者をやっているとこういう事もあるわけだ。

もうこんな恐ろしい事は勘弁して欲しいけど。


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