第229話 免許証を掴み取る女

オレは国家試験対策のために看護学校で授業をすることがある。

毎年、ちょうど年末年始頃になるだろうか。


授業の最後に強調することが2つある。


1つは試験のコツ。


すべからく試験には出題者が存在している。

虚心坦懐きょしんたんかいに問題を読めば、出題者が何を求めているかが見えてくる。

それを答えることが大切だ。

顧客のニーズを把握する、ということに近いかもしれない。


2つ目にはとにかく合格しろ、ということ。


免許証なんか紙切れ1枚だ。

だけど、それさえあれば何とか食っていける。


どんなに立派な会社に勤めていても倒産したら無職になってしまう。

つぶれないまでも部門の整理などで事実上の解雇なんぞいくらでもある。


公務員なら安泰か?

残念ながら、外から見るほど気楽なものではない。

心を病んで辞めた人を沢山みてきた。


仕事を辞めるくらいならまだいい。

人生そのものを辞めてしまった人までいる。

ある者はパワハラで首をつり、ある者は汚職事件に巻き込まれてビルから飛び降りた。


でも、看護師はいつも人手不足だ。

常時募集中で給料も悪くない。

だから国家試験に受かれ。


毎年、オレはそう強調している。


かつて一緒に働いていた看護師がこんなことを言っていた。


旦那が職場の女と親密になって家を出ていってしまった。

それから必死に働いて2人の男の子を育てた。

幸い、2人とも立派な社会人になってくれたので報われた。


看護師免許証があればこそ、だ。


「旦那と離婚しました。私が子供たちを食べさせなくてはなりません」

「夜勤でも何でもやります」


そういう必死の訴えの方が、立派な看護観より心に響く。

一緒に働くものとして応援したくなる。

少なくともオレはそうだ。


だから……何としても国家から看護師免許証をつかみ取れ!

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