第230話 サファリパークから戻った男

その昔、オレが駆け出しだった頃。

頼まれて某病院のアルバイトに行った。

よく晴れた日曜日のことだ。


単に当直として留守番をしていたらいいはずだった。

しかし、大荒れに荒れた。


いきなりかかりつけ患者が搬入されてきた。

意識障害の高齢女性だ。

オレの他にも若いモンが2、3人当直していたが、皆、右往左往していた。

そこに自宅から呼び出された中年医師が登場。


「何してるんだ。すぐに挿管するぞ」


そう言って、あっという間に気道確保し、CT室に患者を連れていった。


休む間もなく病棟から呼び出される。

入院患者が心停止したのだ。


心肺蘇生をしながら主治医を呼び出す。

家族でサファリパークに行くところだったが、すぐに病院に駆け付けてくれた。

主治医によれば予想外の急変だったそうだ。


その他にも色々あったせいで、1日が1週間にも感じた当直だった。


あれから何十年も経って思うことは……


中年医師にしても主治医にしても、呼び出してしまって申し訳なかった、ということだ。


平日に夜中まで働いた上に休日にまで働かされたら私生活がもつわけない。

体を壊すか、家庭を壊すか。

たぶん両方だろう。

サファリパークの先生もさぞかし子供に泣かれたに違いない。


今のオレがアルバイトで当直していたらこう言うだろう。


「意識障害の高齢女性が搬入されたので、挿管して頭部CT撮影をしておきます。万一、手術が必要だったら近くの脳外科病院への転送でいいですね」


「入院患者さんが心停止になったので蘇生処置をしていますが、戻らない時は死亡確認しておきます。死亡診断書の直接死因はどう書いたらいいですか?」


SDGs(持続可能な開発目標)とやらは、オレたちの業界にこそ必要だと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る