第218話 病変を100%見逃す男

秋は学会シーズンだ。

オレも日本脳神経外科学会第81回学術総会に参加する。


といっても会場の横浜まで足を運ぶわけではない。

オンラインでも参加できるので、職場で視聴する。


面白かったのは「脳神経外科領域における人工知能の役割」というセッションだ。

色々な人が色々な試みを発表している。


驚くのは自分でプログラムをつくって人工知能で画像解析している先生だ。

脳外科医をやりながら人工知能の構築?

どんな多才な、と思う。


この先生によれば、人工知能のプログラムは極端に短いのだそうだ。

普通のプログラムが一から十まで書いておく必要があるのに対し、人工知能は放っておいても勝手に学ぶからかもしれない。

優秀な学生を指導するみたいに楽なのだろう、と想像してみる。


それはさておき。

人工知能に未破裂脳動脈瘤の読影をやらせる、という研究が披露されていた。

頭部MRIを撮影すると、偶然、脳動脈瘤が発見されることがある。

時には2つも3つも見つかる。


ものによっては治療しなくてはならないので見逃し厳禁だ。

とはいえ人間のやること。

2つまでは見つけたけど3つめを見逃した、などということが起こりがちだ。


そこで人工知能の登場。

疲れ知らずの人工知能は淡々と脳動脈瘤を検出する。

今回の発表では放射線科医が見逃した脳動脈瘤をどれだけ人工知能が発見したか、というデータが示された。


で、多くの放射線科医の見逃し率はせいぜい10%程度だった。

さすがに専門家というだけのことはある。


ところが中に数名、100%見逃したという放射線科医がいたのでびっくりした。

目の前の脳動脈瘤をすべて見逃してどうする!

それだったら放射線科の看板をおろすべきだろう。


と思っていたら、さらに驚きの原因が判明した。


通常の読影は、

(1) 自分が見る

(2) 人工知能が見る

(3) 両方を勘案して最終診断を行う

という手順になる。


ここで (2) と (1) の差が見逃し率となる。


ところが見逃し率100%の放射線科医たちは、(1) をすっ飛ばして (2) から始めていたのだ。

(1) の段階で何も指摘していないので、(2) で検出された病変はすべて見逃しと判断される。


しかし、この読影手順が最も省エネなのは間違いない。


1日に数十例、数百例の読影をやるわけだから、できるだけ労力を減らしたいというのは人情だ。

その結果が見逃し率100%という評価になってしまったということになる。


そこまでは考えが及んでいなかった。


どんな平凡な物語にも裏があるということか!

カクヨム作家として心に刻んでおこう。

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