第219話 一晩中起きている女

人はいつどのように死ぬのか?

生死にかかわる仕事をしていても分からない事が多い。


その女性は50歳前後。

不眠を訴えながら脳外科外来に通っていた。


何しろ眠れないのだそうだ。

一晩中起きていて映画をみたりピアノを弾いたり。

日中に少し眠ることもある。


寛容な御主人は奥さんの好きにさせていた。

普通の勤め人なので、御主人は午後8時頃に帰宅し朝まで眠る。


奥さんの方は脳外科外来に3ヶ月毎に通院していた。

最初のうちこそ睡眠薬を色々試したりしたが何一つ効果はない。

ついに外来でやる事と言えば世間話くらいになってしまった。



この御夫婦の上の階に住んでいたのが看護師さん。

夜勤のある仕事なので昼に寝ていることもある。


オレも経験があるが、夜勤シフトのある仕事は理屈抜きに辛い。

昼に寝ていても宅急便のドアホン1つで睡眠が破壊される。

だから奥さんのピアノが上の階の人とのトラブルの元凶になったこともよく理解できる。



そんなある日。

珍しく奥さんが体調不良を訴えた。

何となく調子が悪いのだと。


オレは一通りの採血、胸部レントゲン、心電図検査をしてみた。

しかし、どこにも異常を見出すことはできなかった。

それで少し安心したようだ。


それから数日してまた外来に電話がかかってきた。

受付は、調子悪いなら遠慮なく受診するように、と伝えたそうだ。



その次の電話は警察からだった。

部屋の中で死んでいるのがみつかったのだ。


これまでの診療経過について警察に尋ねられた。

が、特に何かあったわけでもない。

むしろ司法解剖がされなかったのか、そっちの方が気になった。


解剖したとしても死因を特定できる可能性は高くはない。

でも、解剖しなければその可能性はほぼゼロになってしまう。


なぜ死んでしまったのか。

その思いは今も残っている。


でも体調不良を訴えられたときに、一通りの検査をしておいた。

結局は何も分からなかったが、オレなりに誠実に対応したつもりだ。

そこのところは理解してもらえたら、と思う。


と言っても、もう彼女は声の届かない所に行ってしまったのだけど。


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