第157話 頭を使わずに済ませる男

オレは脳外科をやりながら総合診療科、いわゆる総診そうしんも手伝っている。


今回、総診にコンサルがあったのは整形外科からだ。

骨折の手術を明日に控えた入院患者。


「120mEq/Lメック程度の低ナトリウム血症があります。SIADHって奴でしょうか?」


担当医からの相談は整形外科らしくストレートな事この上ない。


血清ナトリウム濃度の基準値は135~145程度。

だから、120ってのは相当低い。

が、直ちに生命に直結するというほどでもない。


危なくなるのは110前後になってからだ。


本来ならもっと早目にコンサルするべきだろう。

だが、手術前日に駆け込みで相談してくるところが整形らしい。


そっちが整形なら、こっちは総診の皮をかぶった脳外科医。

オレにとって脳は切る対象であり、使うものではない。

だからオレに難しい事を尋ねるな!


とは言ったものの、オレなりに低ナトリウム血症の原因と対処を考えてみる。


正直なところ、SIADHとかCSWSとか言われてもオレにとっては単なる呪文だ。

ちなみにSIADHを翻訳すると抗利尿こうりにょうホルモン不適切分泌ふてきせつぶんぴつ症候群。

CSWSの方は中枢性塩類喪失ちゅうすうせいえんるいそうしつ症候群になる。


日本語にすると余計に意味不明だ。


最近の内科医たちはRSWSとかMRHAとか、さらに複雑怪奇な議論を楽しんでいるらしい。


ここでうっかり内科医に相談しようものなら、「蓄尿ちくにょうをして〇〇と××を調べて、さらに▲▲についても検査しておいてください」などと1週間もかかりそうなことをアドバイスされてしまう。


手術前日だぞ、状況を見て物を言って欲しい。


その点、オレはいつもその場しのぎだ。

それを見越みこして内科ではなく総診にコンサルが来たのかもしれない。



病室で話をしてみると、幸い患者の意識は清明だった。

低ナトリウム血症といっても症状は出ていない。

ただ、からになったペットボトルが何本か置いてあるのが気になった。


ということで整形外科の担当医にはオレなりのアドバイスを送った。


・低ナトリウム血症の遠因えんいんとなる利尿薬りにょうやくの内服を中止すること

・点滴はナトリウムの少ない3号輸液よりも、ナトリウムを多く含む外液がいえきもしくは生理食塩水をメインに使うこと

心因性多飲症しんいんせいたいんしょうになっていることが懸念けねんされるので、飲水はほどほどにしてもらうこと

・術後は血清ナトリウム濃度を毎日測定してこまめに補正すること

・急速にナトリウム値を正常化させると橋中心髄鞘崩壊きょうちゅうしんずいしょうほうかい症候群を起こしてしまうので、ゆっくりと補正すること


これらのアドバイスなら少なくとも頭は使わずに済む。

整形外科医には骨を切ったりつないだりする事に専念してもらおう。


何事もクライアントのニーズに合わせるのが大切だってことだな。

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