第150話 サービス業に徹する男

 オレは車を運転しながら YouTube を聴くことが多い。

 その日は有名な弁護士が自分の職業について語っていた。


「弁護士ってのはサービス業なんですよ」

「えっ、そうなんですか?」


 YouTube の司会者が驚いている。


「私が弁護士になった時、偉い先生方は皆ふんぞり返っていましてね」

「ええ」

「これなら自分もやっていけると思いました」


 あらら、どっかで聞いた話だ。


「それにしても弁護士さんの仕事がサービス業というのは驚きました」

「と言ってもクライアントにペコペコするという意味じゃないですよ」

「そうなんですか」

「クライアントのニーズをとらえるということですね」


 おおーっ、その通りだ!

 そもそもクライアントは自分のニーズが分かっていない。

 そのニーズを探り当てるのが第1歩だ……ってオレが言ってどうする。


「失礼ながら、高齢の先生方は皆さん上から目線の人ばかりでね」

「ええ」

「クライアントが何を求めているか、全然分かっていないんですよ」


 そうそう、相手の投げてきた球を空振りする先生方の多いこと。

 これはお医者さんのことだけど。


「私は前のプロダクションを辞めるときに色々あって弁護士さんに助けてもらったのですけど」


 別の女性タレントが弁護士に質問した。


「一般の人も気軽に弁護士さんに相談した方がいいのでしょうか?」


 そりゃあいいに決まっている。

 オレなんか何度相談したか分からない。

 もっとも相談された回数はそれより多いけど。


「気軽に相談して『こりゃダメだ』と思ったら別の弁護士に相談しましょう」

「ええっ、別の先生に相談してもいいのですか?」


 そうそう、この人なら信頼できる、という感覚は何よりも大切だ。

 弁護士にしても医師にしても。



 オレが思うサービス業ってのはこうだ。


 まずはクライアントや患者にキチンと向き合うこと。

 そして患者本人自身が気づいていないニーズを探り出す。

 その上で人間関係を築くことが大切だ。


 当然のことながら患者の信頼を得るためには専門的知識が重要だ。

 専門家としての知識や技術は常に磨き続けるべきだ。

 それをしなかったらライセンスを持っているだけの素人にすぎない。



 一方、オレが患者に対して求める人間関係は2つある。


 まず、ボトムラインとしてオレに敵意を持たないこと。


 敵意を持ちながら通院するなどというのは論外だ。

 そういう人は他に行ってくれ。

 別に難しい病気を持っているわけじゃないんだから。


 もう1つ、精神的に依存するのはやめて欲しい。


 病気なのだから身体的に患者に頼られるのは当然のこと。

 それを受け止める覚悟は持っているつもりだ。


 しかし、精神的には自立した人間であることを願いたい。

 たとえ相手が高校生であってもオレは対等な人間として扱う。

 対等な人間なのだから患者としての責務を果たすのは当然だ。


 言わなくても察して欲しい、などというのは甘えにほかならない。

 自分の痛さ辛さ苦しさを言語化するのは患者の役割だ。

 少なくともその努力をしてくれ。


 考えてみれば敵意を持ちながら通院するというのも一種の甘えだな。

 こいつなら暴言を吐いても聞いてくれる、とでも思っているのか。

 他の医療機関で一から人間関係を築く自信がないのだろう。



 改めてサービス業としての弁護士と医師はそっくりだと思わされる。


 もう1つ、つけ加えるなら……

 オレにかかった患者は、明るく楽しく前向きに生きて欲しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る