第125話 水を吹き付けられる女

その患者は80代の女性。

20何年か前に水頭症の手術が行われていた。

何人もの担当医の後に今はオレが外来で対応している。

とはいえ半年に1回くらいの通院だ。


この患者が突如、ケアマネとともに予定外の受診をした。

聞けば「右隣の人が電気を送ってくる」「左隣の人が水を吹きつけてきて体中が痛い」というのだ。

すでに両隣に怒鳴り込んだばかりか町内会の会長さんのところまで抗議に行ったらしい。

かかりつけのクリニックの先生が困り果ててオレのところに紹介してきた。

本人がオレになら診てもらっていい、と言っているらしい。


まさか本当に電気を送ってこられたり水を吹き付けられるはずもない。

妄想に決まっている。


実は統合失調症の実弟と同居しているとのことだ。

残念ながら本人にも発症したのだろう。

専門家が診た上で、しかるべき処置をとる必要がある。

とはいえ本人に病識がないのだから精神科にかかることに同意するとは思えない。


万一、水頭症の悪化とか慢性硬膜下血種の発症ということもないわけではない。

だからオレはまずCTを撮った。

でも、何もなかった。

むしろ何かあった方が手術で解決することができる。


するとケアマネが言った。

実は来週、弟の精神科通院があるのだと。

その通院には長い間、姉として患者が付き添ってきた。

だから担当医とも気心が知れているはず。

オレは一計を案じた。


「じゃあ、来週に〇〇先生に相談するってのはどうですか?」

「でも隣の人に水を吹きつけられて痛いのよ」

「たぶん水を吹きつけられたというのは幻覚だから、〇〇先生にお薬を出してもらったら治ると思いますよ」

「そうしようかな」


本人の気が変わらないうちに慌てて紹介状を書き、地域連携室を通じて初診予約を取った。

ケアマネも同行してくれるという。


仕事とはいえ、親身になってついてきてくれるケアマネがいるということは、日本の社会もまだまだ捨てたもんじゃない。

彼女がいたからオレも面倒な紹介状作成を行ったのだ。


後日、○○先生から受診の報告があった。

入院加療する事になったとのこと。

とりあえず解決への1歩を踏み出すことができた。

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