第124話 書類を書かない男

オレたち医師の仕事のうち、かなりの比重を占めているのが書類作成だ。

診断書や意見書だけでなく、訪問看護指示書だとか支払い基金提出用の症状詳記まで作成しなくてはならない。


中には警察からの捜査関係事項照会という恐ろしげな書類まである。

期限内に提出しないとこちらまで逮捕されたりするのだろうか。


このような書類の数だが、平均すると週に20枚程度になる。


これが外来の自分専用のカゴに入っているので、見かけたらすぐに書いている。


カゴといっても未決書類を入れるデスクトレーのような生易なまやさしいものではない。

洗濯物を入れるランドリーバスケットみたいなサイズだ。


それでもテッペンからあふれそうになるまで書類をためこむ医師もいる。


さて、診断書などは患者から依頼されてから2週間以内に交付することになっている。

が、その場で書いて判子はんこをついてハイ終わりとはいかない。

というのも、書いた医師本人の判子だけでなく、病院の公印も押す必要がある。

さもなくば正式書類とは認められないからだ。


さらに、書類を1枚作成するごとに費用請求事務も発生する。


問題は書類を書くのが遅く、3ヶ月前のが残っている医師がいるということだ。

5人に1人とは言わないが、10人に1人は確実に存在する。

こういう人には説教しても無理なので、代わりに上級医や部長、時には副院長が書くことになる。


以前、オレにもそのような書類が何枚も回されてくる時期があった。

書類を書かずにためこむ部下がいたからだ。

何回かは当該医師に注意したが、なにか人格的な欠落があるのだろう。

単なる徒労に終わってしまった。


結局、説教する時間があったら自分が書く方が速い、と誰でも同じ結論に行きつくわけだ。


事務方もオレがすぐに書くのを知っているのか、ちょっとグレーゾーンのものまで入れて来る。

「これ本当にオレが担当か?」って思う書類などだ。

でも確認する時間が惜しい。


もう考えたら負け。

手に触れた書類は片っ端から書く。

書いて書いて書きまくる。


その境地に達するまで、膨大な試行錯誤を重ねてしまった。

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