第88話 電撃小説大賞に応募する男

 第30回電撃小説大賞


 オレが応募したコンテストだ。


「求む、世界を射抜いぬく物語」

そううたっている。


 中高校生を読者としたライトノベルを想定しているのだろう。

 異世界ファンタジーやラブコメが応募作品の主力なのかもしれない。

 しかし、オレは現代ドラマ「診察室のトホホホホ」で挑む。


 理由はただ1つ。


 高校生の頃のオレに、今のオレが伝えたい物語があるからだ。



 10代の頃のオレは青春ドラマが自分にも起こることを夢想していた。

 スポーツで大活躍し、美少女と出会う。

 今考えたら典型的な男子高校生だ。


 その一方で、日本や世界の現実をうれえてもいた。

 また、自分の将来にも不安が一杯だった。


 オレなりにあれこれ悩んでいた青春時代……。



 ……ふと気づくとオレは数十年前にタイムスリップしていた。


 目の前に座っているのは高校の制服を着たオレ自身だ。


「やあ、勉強ははかどっているかな」

「えっ……と、どなたでしょうか?」


 オレの事を知らないのも当然だな。


「お前のカーチャンに頼まれてな、アドバイスをしにきたんだ」

「そうなんですか!」

「医学部を目指しているんだろ。勤務医のオレが色々教えてやるよ」


 まさかこのオッサンが未来の自分だとは想像もしていないだろう。


「早速だけど、受かる自信はあるか?」

「正直なところ、まだ足りていないです。だから医学部を受けるのは考え直そうかと」

「受けろよ。挑戦しろ!」


 彼が言い終わらないうちにオレはかぶせた。

 過去の自分の事だから、何を考えているかは手にとるように分かる。


「いいか。受験ってのは、逃げずに正面から挑戦するのが大切なんだ」

「えっ?」

「その結果、落ちることもあるだろう。その時は結果を受け入れろ。そして医者になるのはあきらめて、会社でもつくれ」

「会社って、そんな簡単につくれるのですか?」

「できるよ。社長になったら誰にも命令されないぞ」


 本当はどうだか知らないけど。


「社長になれなかったら作家になるってのもいいんじゃないか。お前、国語の成績はいいみたいだし」

「興味はあるけど難しそうですね」


 医者、社長、作家。

 こいつの心に響くキーワードはオレの方が良く知っている。


「ミュージシャンとかプロ野球選手とかも良いんじゃないかな」


 ちょっとからかってやった。


「そっちの方は全然ダメですね」


 論外、という顔をされた。

 そりゃそうだ。


「たぶん会社をつくったり作家で食っていくより、医学部に受かる方がやさしいはずだ。お前にとっては」

「確かにそんな気がします」


 で、オレは彼に1冊の本を渡した。

 表紙には「診察室のトホホホホ」とある。


「これはオレが書いた本だ。オレはこの本に医者の喜びや悲しみ、苦しみ。色んな思いを込めた」

「すごい! 本を書いておられたんですね」


 素直に驚いている。


「読んだ上で医学部を受験するかどうか考えろ。2時間もあれば読了できる」

「分かりました」

「読み終わったら友達にも貸してやれ」

「そうします」


 そう言ってオレは立ち上がった。


「あの、お名前を伺っていなかったんですけど」

「その本の表紙に書いてあるだろ」


 間違っても本名を言うわけにはいかない。


「hekisei さん、というんでしょうか。ペンネームですね」

「そうだ。英語で sky blue という意味だ」


 その由来は遠からず知ることになるだろう。



 異世界ファンタジーもラブコメも面白い。

 だけど、それが読書のすべてだったら、ちょっと寂しいんじゃないかな。

 オレは若者達を対等の人間として扱っているが、その一方で彼等には多少の背伸びを期待する。


「診察室のトホホホホ」はコメディーとして書いたが、同時にリアルな医療の世界もえがいたつもりだ。

 えんあってこの小説を読んだ若者たちに良い影響を与え、素晴らしい人生を歩むキッカケになって欲しい。


 オレは真剣にそう願っている。

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