第83話 公平だった男

もう10年以上前になる。

勤務先の病院に新しい院長が就任した時のことだ。

近くの病院の挨拶周りに御供おともしたことがある。

訪問先の病院の1つが大学病院だった。


オレたちが卒業した地元の国立大学ではなく、別の私立医大だ。


立派な医学部長室に通された。

医学部長は有名な耳鼻科の教授だった。


型通り、当時問題になっていた医師不足や悪化する訴訟環境の話になった。

診療報酬制度も、医学研究も、何もかも思うようにいかない。

大学病院でも市中病院でも悩みは同じだ。


話が専門領域に及んだ時、ふと院長が言った。


「そういえば死んだ父親も耳鼻科でした。開業医をしていましたけど」


医学部長が驚いた。


「あんた、息子さんか! 言われてみれば、面影おもかげあるぞ」


やや珍しい苗字ではあったが、気づいておられなかったみたいだ。


「お父さんはな、すごく公平な人だったよ。自分の大学の利害を優先する人が多かったけど、あの人は決してそんなことをしなかったんだ」


ピコーン!!


その時、オレの頭の中に光が灯った。


ひょっとして……これは最高の名誉ではなかろうか。


自分が死んだ後、「公平な人であった」とか「優しい人だった」とか言われることが。

決して地位や裕福さで語られることではなく。


それこそが人生の目標だとオレは思った。


「そうか、そうか。息子さんだったのか」


医学部長は何度もうなずいていた。



将来のオレの社会的地位は大したものではないだろう。

誰よりも自分が1番良く分かっている。


でも「公平だった」とか「優しかった」とか言われるたぐいの人間になりたい。


どのような形容詞を入れてもらえるのかは分からないが、そうめられることが何よりも価値のあることだとオレは思う。

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