第70話 泣かれて誤解される男

 学生時代の事。

 オレは部活動の合宿に参加していた。

 確か2年生の時だったと思う。


 だだっ広い畳の大広間でボーッとしていたら1年生の女子がやってきた。

 名前を由佳ちゃんという。


 由佳ちゃんは同じ1年生の柿崎かきざきが好きなのだそうだ。

 しかし、柿崎にはすでに彼女がいた。

 それも従妹いとこだという。


「相手が従妹だったら、私が入る余地ないじゃないですか!」


 そう言って由佳ちゃんはオレの前でシクシクと泣き始めた。


 その時たまたま他の1年生女子が通りかかる。


 しばらくするとバラバラと数人の女子がやってきた。


「大丈夫、もう泣かなくていいからね」


 そう言いながら皆で由佳ちゃんを連れて行った。

 こちらをチラチラ見ながら。


 オレは1人取り残された。


 いや、茫然としている場合じゃないだろ!

 大変な誤解をされているのではなかろうか、ひょっとして。


 遠慮気味に男子部員たちが集まってきた。


「オレ、何だかすごく疑われているような気がするんだけど」

「えっ、ついに由佳ちゃんに手を出してしまったんでしょ?」

「まさか!」

「もうすっかりそういう話になっていますよ」


 勘弁してくれ。

 そいつは冤罪えんざいというものだ。


 もう1つ。

 申しわけないが由佳ちゃんはオレのタイプではない!

 たとえ瀬戸際であっても守るべき男の意地ってものがある。


 ふと集まっている男子連中の中に柿崎の顔をみつけた。

 こうなったら荒業あらわざだ。


「おい、柿崎!」

「へっ?」

「由佳ちゃんはな、お前が振り向いてくれないと言って泣いていたんだぞ」

「そうなん……ですか」

「今の彼女と別れて、由佳ちゃんを幸せにしてやれ」

「そんな無茶な!」


 あれから何十年。


 由佳ちゃんも柿崎もこの事件のことは忘れているだろう。

 それぞれどんな人生を送っているのだろうか?





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