第71話 相手が泣くまで怒る男

外来のある日は心身ともにボロボロになる。


20人ほどの予約患者をおおむね4時間でなくてはならない。

もう無念無想の境地に入る。


しかし、イレギュラーな事は起こりがちだ。



次の患者、加茂川かもがわさんの電子カルテのコメント欄に「いそいでます」とある。

分かった、50秒で済ませよう。

そう思って診察室に呼び入れた。


「待つのはいいんですよ。でも何で後から来た人が先になるんですか!」


加茂川さんは怒っていた。


そう言われれば心当たりはある。

外来ナースが代わってから患者一覧の並びがランダムになっているような気がする。

到着時刻が先の人が後になったり、後の人が先になったり。


この順番というのが大切で、外来では絶対に間違えてはならない。


予約時刻が早い人が先。

同時刻の中では早く到着した人が先。


予約時刻に遅れてきた人は後。

でも1番後というわけではない。

たとえば、10時予約なのに10時17分に到着した患者の場合。

10時30分予約の何人かの中で早い順に並べ替える。


予約なしで来た患者の場合。

全部の予約患者がんでから診察することになる。

ただし、予約患者が途切れたり、予定より早いペースになった場合は、その時点で診察室に入ってもらう。


とはいえ、診察しながらそんな事を考えられるはずもない。

外来ナースが並べたリストの上から順に機械的に患者を呼び出す。

だから受付の外来ナースの役割が大切だ。


キチンとしたルールが守られるなら少々待たされても患者は我慢する。

でも理不尽なことがあれば怒る人がいても当然だ。


前からおかしいと思っていたけど、やっぱりランダムの並びが諸悪の根源だったのだ。


「確かに順番を飛ばされたら誰でも腹が立ちますよね」

「そうなんですよ」

「ちょっと、僕が受付に言ってきましょう」


オレは診察中であるにもかかわらず、受付まで歩いて行った。


「あのね、ルール通りに患者さんの順番を並べないとトラブルのもとになるから」

「すみません」

「『急いでます』ではなくてね。加茂川さんが怒るのも当然じゃないかな」


できるだけ穏やかに言ったつもりだ。



診察室に戻って加茂川さんに声をかけた。


「お待たせしました。受付に言っておきましたよ」

「どうもすみません」

「もうね、泣くまで怒ったんで次から間違えないでしょう」


加茂川さんは苦笑いして診察室を出ていった。


オレが外来のある日はボロボロになるのも無理はない、と思う。

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