第68話 いつか衰えてしまう男

「今日の頭蓋形成術ずがいけいせいじゅつなんですけど」

「ああ、午後からの手術オペね」

「それが手術室の都合で、午前中にやることになったんですよ」


電話は若手スタッフからだ。


「実は僕、午前中に外来があって」

「重なってしまったんで手術か外来かどっちかをオレにやってくれってこと?」

「どちらがいいですか?」

「そりゃあ手術だな」


というわけで、オレが若手スタッフの代わりに手術をすることになった。

もちろん1人でやるわけではない。

担当のレジデント、新人レジデント、そしてオレの合計3人だ。


手術前に画像をチェックするとずいぶん大きな外減圧がされている。

交通事故による急性硬膜下血種きゅうせいこうまくかけっしゅだったそうだ。


こういう場合には馬蹄型ばていがたのヘッドレストを使う人が多い。

しかし、オレは3点ピン固定の方を好む。

患者の頭部が空中に浮く形になり、手術操作の自由度が大きくなるからだ。

その違いをレジデントたちは感じてくれているだろうか。


「予想手術時間は2時間半……くらいですかね」


皮切前ひせつまえのタイムアウトで担当レジデントがそう宣言した。



手術自体はほぼスムーズに行われた。

問題があったとすれば、剥離面はくりめんがやや深くなってしまったために脳表が露出されたことくらいだ。


脳表が見えたからといって大勢たいぜいに影響はないが、見ずに済むならそれにこしたことはない。

結合組織を何針なんしんが縫って脳表を覆う。


あらかじめ準備しておいた人工骨を6個のネジで固定した。

頭皮を元通りに縫い終わったときには1時間半しかっていなかった。


ほとんど考えることなく単純作業だけで済む手術。

レジデント教育に終始した1時間半だといっても過言ではない。



そんなオレも歳月がてば気力、体力が衰えてしまう。

そして、簡単な手術を気軽に行うことすら出来なくなるだろう。

いつか必ずやってくるメスを置く日だ。


これが最後の手術だ、と周囲に宣言するのか。

気がつけば長く手術室に入っていないなあ、となるのか。

どういう形で終わるのかはオレにも想像がつかない。


改めて思うことは、現在の手術を大切にしなくてはならない、ということだ。


1つ1つの手術にテーマを設定して臨む。

手術後に振り返り、考えたことを自分のノートに記録する。


これまでもやってきた。

これからも続けていきたい。



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