第55話 軽くアドバイスを求める女

オンライン英会話で勉強していることは前にも言ったかもしれない。


日替わりのフィリピン人講師たちは例外なくオレの仕事に興味を持つ。


「これまでに1番長い手術はどのくらいかかったの?」

「さあ、18時間くらいかな」

「お医者さんになるのにどのくらいかかるの?」

「医学部6年と研修医2年の後に4年間修行して専門医をとるわけ」


おっと、医学部に入るまでにも受験勉強ってのがあったな。


「手術した患者さんが亡くなったことはある?」

「もちろん……沢山あるよ」

「そんな時はどういう気持ちなの?」

「元々重症の患者だったら『死んでも仕方ない』としか」

「ふーん」

「でも、歩いて来た人が手術の後で亡くなったらショックだね。医者をやめたくなる」


フィリピン人講師の多くは20代の女性だ。

もう結婚して子供のいる人も多い。

でも若いだけあって元気一杯!


「あなたの話を聞いたら私も医学部に入って脳外科医を目指したくなったわ。そんな私にアドバイスを頂戴!」


おいおい、そんなに軽く考えていいのか?

フィリピンでも日本と同じくらい険しい道のりだろう。


だからオレは言ってやった。


「死ぬほど勉強しろ、死ぬほど働け。決して患者の救命をあきらめるな」


立派な言葉がオレの口から勝手に出てきた。


「脳外科はこの世に存在する仕事の中で最もタフなものの1つだ」


これは間違いない。

やれば分かる。


「でも、挑戦する価値は十分にある!」


オレはそう言い切った。



……しばしの沈黙。



そして彼女は言った。


「すごーい。私、絶対に脳外科医になる!」


いやはや恐れ入った。

若さというのは怖いもの知らずってことだ。


でも、こういう軽い人に限って手術の達人になったりするからな。

何事もやってみなくちゃ分からない。

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