第54話 人生観をひっくり返された男

オレはずっと医療の世界で生きてきた。

脳外科をやりながらも救急とか麻酔科とか内科とか放射線科とか。

色々な事を経験した。


研究では脳腫瘍標本を染色したり、MR画像からデジタルデータ処理を行ったり。

自分なりに医療、医学の表も裏も見てきたつもりだった。


だった、というのには理由がある。


ゆえあって重症心身障害児病棟の見学に行ったときのことだ。

これまでに自分なりに築いてきた医療観というものがひっくり返された。


ベッドに寝たままで天井をにらんでいるだけの青年。

何か知らないけどポーズをとったまま固まっている中年。

そしてオレの服をつかんで離さない少女。


なんと表現したらいいのだろうか。

医療観というより人生観を丸ごとひっくり返されてしまった。

オレの今までの経験は何だったんだ!



見学先の病院の院長先生が出てきて説明をしてくれた。

本職は消化器外科らしい。

しかし、今は重症心身障害児病棟に専念している。


「いやあ、一番難しいのは人間関係なんですよ」


人間関係ってアアタ。

単に天井をにらんで寝ているだけでしょ、ここの人たちは。


「何年も入院していると『あいつの隣は絶対嫌だ』とか。まあ色々ありますね」

「そ、そうなんですか」


オレは仰天した。

意思表示とか自己主張とかするのか?



障害を負った背景は色々あるらしい。


先天的な疾患だとか。

髄膜炎で脳の後遺症を負ったとか。

川で溺れて低酸素脳症になってしまったとか。


それぞれにドラマがある。

もう軽々しくコメントもできないくらい重たい現実だ。


まだまだオレの知らない事は沢山ある。

謙虚に生きようと思わされた。


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