第50話 ゴミ箱と間違えられた男

医師会の会合で珍しい人にあった。


以前に勤務していた病院の麻酔科医で名前を鍵田かぎた先生という。

今は開業してペインクリニックをしている。

ペインだけでは経営が成り立たないのか、内科も訪問診療もしているそうだ。



鍵田先生については面白い話がある。

オレとともに働いていた勤務医時代にゴミ箱と間違えられたのだ。


その病院では麻酔科医はブルーの術衣を着ていた。

鍵田先生がICUのベッドサイドにしゃがんで尿量を確認していた時のことだ。

頭にポーンと何か当たった。

横を向いて床に転がった物を見ると丸めた紙切れだった。


「キャーッ、動いた! ゴミ箱が」


ベッドの向こう側から女性の悲鳴が聞こえた。

麻酔科の鍵田先生をゴミ箱と間違えていたのだ。


なるほどブルーの術衣は青いゴミ箱の本体に見えなくもない。

そうすると、頭にかぶった白い手術用キャップはゴミ箱からはみ出したゴミだ。

その恰好でしゃがんでいたらゴミ箱にも見えるわな。


って、見えるわけないだろ!


若い女医さんは上司に散々怒られていた。


「鍵田先生をゴミ箱と間違うか? 仮にも日本集中治療学会評議員だぞ!」


評議員だからといってゴミ箱に見えるか否かが違ってくるわけでもなかろう。

とはいえ、間違えていい相手でもない。



今日、何年ぶりに顔を見た鍵田先生。

はたしてゴミ箱事件を憶えているだろうか?


まさか確認するわけにもいかないしな。



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