第36話 息子の職場に怒鳴り込む女

オレの外来に通っている40歳の男性。

頭部外傷の後に軽い障害が残った。

現在は障害者雇用で働いている。


ひょんなことから職場での問題を知った。

なんと、他の男にセクハラをされているそうだ。


男が男をセクハラ?

あり得ない話ではない。


職場は対策として作業スペースを別に分けてくれた。

でも昼食は同じ部屋になってしまう。

それで男がやってきては体を触るのだそうだ。


男は精神発達遅滞のようだ。

言い聞かせても理解できない。

だからセクハラ行為が続く。


オレは提案した。


「セクハラってのは分かりにくいですからね。『自分は被害を受けている、助けてくれ』という意思表示が大切です。笛を持っておいて、それを吹いてください。そうしたら周囲の人が『何だ、何だ』と集まってくれるでしょう」


ところが笛作戦はうまくいかなかった。

相談した上司に、笛を吹くのはやめてくれ、と言われたそうだ。


まったくヒトの人生を何だと思っているんだ。

確か、職場には安全配慮義務ってのがあるんじゃないか?


何も男の精神発達遅滞を治せと言っているわけではない。

単にこちらの提案を受け入れろと言っているだけだ!


それができないならもっと気の利いた方法を考えろよ。

その上司とやらをここへ連れてこい、説教してやるから。


オレは心から怒った。


とはいえ解決が先だ。


「笛がダメなら鐘を鳴らすのはどうでしょうか? お母さん、1度職場に怒鳴り込んだ方がいいですよ」


お母さんが職場に乗り込んだ結果、笛はダメだが鐘は許可された。

どういう理屈かよく分からないがOKが出たことは良しとしよう。


以来、鐘を鳴らすと周囲の人たちが取り囲んでくれる。

今では鐘を見せるだけでセクハラ男は逃げ出すそうだ。


何事も明確な意思表示から始まるってことだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る