第34話 無意識にカルテ改竄する男
頼まれて医療事故調査委員会なんかに出席すると電話帳みたいな束を渡される。
これはカルテを紙に印刷して綴じたものだ。
何でこんなに分厚いのか?
理由は2つある。
電子カルテが普及してコピペが簡単になったからというのが1つ目だ。
「入院患者のカルテは毎日書いておけよ」
そう指導しているし、実際、研修医は毎日カルテを書いている。
しかし、前日の記載をコピペして、一部修正という省エネが目立つ。
病歴から身体所見から検査結果から問題点リストアップから。
すべて前日のものをコピーした上で変化した部分だけを修正したらそれで終わりだ。
簡単でいい。
紙とボールペンだったら書けたものではない。
でも、毎日毎日、一から書くことが臨床研修ではないのか?
いかん、いかん。
いつの間にかオレも老害みたいなことを言いそうになっていた。
ともかく、コピペがカルテを分厚くしているのは間違いない。
2つ目の理由は書き直しだ。
電話帳と化したカルテコピーを見ると訂正の多さに驚く。
つまり、最初に書いたものを取り消し線で消して書き直している。
電子カルテはログがすべて残るので、書き直しの過程もすべて記録されてしまう。
事故が起こったから。
裁判に訴えられるかもしれないから。
要するに変換ミスの修正だ。
たとえば「脳腫瘍」が「膿主要」になっていたり。
「消化器内科」が「消火器無い科」になっていたり。
あわてて入力すると変換ミスだらけになってしまう。
間違いに気づいて修正すると、そのログもすべて残ってしまう。
そこだけの修正ならどんな間違いかが分かるのだが、1ヵ所の修正でもその欄の全文に取り消し線が入ってしまう。
たった2文字の修正なのに、下手したら400字くらいに取り消し線が入ってしまう。
誰がみたって慌てて
プリントするときは修正前の記録も修正後の記録も両方プリントされる。
だからどうしても分厚いカルテにならざるを得ない。
2回、3回と修正すると、それもすべてプリントされるので大変なことになってしまう。
だから医療事故調査委員会に出席するときは配付された電話帳を2、3冊持っていかなくてはならない。
出席した委員の中には置いて帰って、後で郵送してもらう人もいる。
その気持ちはよくわかる。
重いし、うっかり地下鉄の中なんかに忘れていったらえらいことになる。
あと、委員会の報告書完成後にシュレッダーにかけるのも大変だ。
つまり、
電話帳のようなカルテコピーを2~3冊渡され、
それを読み、
医療事故調査委員会の会議の席に持っていき、
また病院に持って帰り、
それを読みながら何週間もかかって報告書を作成し、
最後に1時間がかりでシュレッダーにかける。
もう、何もかも無念無想の境地でやるしかない。
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