第33話 ボディーソープを1本使う男

車椅子に座った男性の足首が見えていた。

左右ともドス黒い。

顔も黒いが足首も黒い。


糖尿病か何かで壊死えししかかっているのかもしれない。


「この人、道に落ちて……いや、倒れていたんですよ」


診察室に同行してきた女性ヘルパーがそう言った。


「家に連れて行ったら、靴を脱いであがる気になれなかったです」


そういう家であることは足首からも想像できる。


「殴られて耳から血を流していたんです」

「あまりお金を持っていそうに見えないけど、何でまた?」


殴ったり殴られたりするのも理由があるはず。

その大半は金がからんでいる。


「1万円くらいは持っていたみたい、この人」

「虎の子の1万円がなくなったら、辛いでしょう」

「まあ、犯人は分かってるんですけどね」


狭いコミュニティーでなけなしのお金をとったりとられたり、ということか。


「ちゃんとした診断書があったら警察も動いてくれるって」


いやいや。

警察とか被害届とか、勘弁してもらえないかな。

オレ忙しいから。

診断書作成は他の医者に頼んでね。


なぐられたのは10日前か。今はすっかり治っているから、診断書作成は難しいですね」

「最初にかつぎ込んだクリニックの先生が書いてくれるから」

「じゃあ、私は画像検査してその所見をクリニックの方にお伝えしましょうか」

「お願いできますか? 先生」


ということで、なんとか各自の役割分担をはっきりさせることができた。



一通りの検査が終わって診察室を出るときにヘルパーに尋ねられた。


「風呂に入れてもいいですか?」

「ああ、いいですよ」

「よかった。でも、ボディーソープ1本使ってしまいそうだね!」


はあ?

1本とか2本とか、いつもやっているみたいに言われちまった。

それに足首は壊死していたのではなくて、あかだったのか。

本来はもっと白い人だってわけね。


お大事に。

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