第32話 幸せな気持ちで死ぬ男
オレは画像を見せながら病状説明をしていた。
転移性脳腫瘍の入院患者だ。
もちろん本人はこの場にいない。
病室で寝ている。
説明を聞いていたのは患者の息子と娘だ。
頭部CTを撮影するたびに徐々に腫瘍は大きくなっている。
もう手術も放射線治療も化学療法もやり尽くした。
言葉は悪いが死ぬのを待っている状態だ。
とはいえ、患者本人は幸せそうな顔をしている。
言動からも辛さや苦しさは感じない。
多幸感に満ちているといってもいい。
脳神経外科に緩和なし。
オレたちが勝手に言っている諺だ。
脳腫瘍末期になると皆、穏やかになる。
何日もかかって少しずつ意識が混濁する。
だから骨転移のときのような痛みなんかは感じない。
「皆さんは御自分が死ぬときはどういった形を考えておられますか」
「えっ?」
患者の家族に尋ねた。
「何を言ってんだ、この医者は!」と思われたかもしれない。
でも患者が80代だから、その子供たちもそろそろ考えておくべき年齢だろう。
「私自身は患者さん本人のように転移性脳腫瘍になって死ぬのがいいですね」
少しずつ意識が薄れて幸せな気持ちであの世に旅立つ。
それ以上の望みはないだろう。
「大抵の病気は、死ぬときは苦しかったり痛かったりしますからねえ」
相手に本意が伝われないままに病状説明が終わろうとしている。
「積極的な治療は控えて、患者さんの苦痛をとることに専念しましょう。次は4週間後に経過説明をさせていただきます」
患者が生きていれば、という言葉は省略した。
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