第30話 人を怪我させて酒を飲む男

いつもの患者が両手に松葉杖で診察室に入ってきた。


「あら、どうしました?」

「足首と膝を骨折したんですよ」

「そりゃ大変でしたね」


できるだけ大変そうな声で言った。

でも普通の表情だったかもしれない。


「酔っ払ったおじいさんが私に倒れてきたんです」

「へえ、困ったもんですな」

「受け止めきれませんでした」

「……」

「それで私は怪我をしたんですけど、おじいさんは怪我なしです」


何じゃそりゃ、理不尽にもほどがある。


「そのおじいさん、怪我が治るまで酒を断つくらいしてもらわないとダメですな」

「そうですね」


オレはほとんど酒を飲まない。

たまに付き合いで少量飲むこともある。

いわゆる機会飲酒ってやつだ。


「もうその人、酒なんか一生飲まなくてもいいんじゃないかな」

「それは難しいでしょう、先生」


怪我をさせられていながら加害者に同情的すぎないか、この患者。


オレ自身は飲まないが、急性アルコール中毒のお相手は年中させられている。

意識障害で救急外来に搬入されるわけだ。

皆、正気しょうきに戻ったら「勝手に救急車を呼ばれたんだから、金は払わんぞ!」などと言う。

とりあえず「お手数てすうをかけました」だろ、まず言うべきは。


そんなこんなでオレは酔っ払いには厳しい。


「一生禁酒といっても5年とか、その程度でしょ。じいさんの年齢からすると」

「暴言ですよ、先生!」


万一、おじいさんが酒を飲むところを見つけたりしたら……

「人を怪我させて飲む酒はうまいか!」

そのくらい言ってやらないとな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る