第26話 神様にチャンスをもらった男

タバコをやめられない男の事は以前に述べた。


「タバコをやめるのは難しいですかね?」

「絶対無理だよ」


もう禁煙は全然できないのだそうだ。


咳がずっと続く、ということで胸部単純レントゲンを撮影した。

そうしたら丸い陰影がみつかった。


「ここに何か丸いものが見えるでしょう」

「本当だ」


肺野に丸い陰影があることを指摘したら本人の顔色が変わった。


胸部単純レントゲンだけでは肺癌を否定できない。

それで決着をつけるためにCT撮影を予約した。



今日はその検査結果を告げる日だ。

診察室に入ってきた男は既に涙ぐんでいた。


「結果から言うと悪いものではありません。軟骨の石灰化です」

「ありがとう、先生!」


人目もはばからずに男は涙を落とした。


「ところでタバコはどうされていますか?」

「吸ってません。あの日から1本も吸ってません」


どうやら肺癌の恐怖から吸っていなかったらしい。


「じゃあ、これを機会にやめますか?」

「やめます、やめます!」


案外、素直な人みたいだ。


「それがいいですね」

「もう全く吸う気になれません」


男は泣きながら何度もオレに礼を言った。


禁煙することで健康上の御利益ごりやくがあるのは間違いない。

肺癌の他にも冠動脈疾患かんどうみゃくしっかん慢性閉塞性肺疾患COPDを予防することができる。


でも、オレは他にも意味があったと思う。


肺癌かもしれない、と思いながら過ごす恐怖の数日間。

この患者は自分の人生について色々振り返ったに違いない。

これまでのこと、これからのこと、やり残したこと。


自分の生きる意味を何度も何度も考えたはずだ。


「神様が1回だけチャンスをくれたんだと思いましょう」

「はい」


今日が第2の誕生日だ。

生まれ変わって新たな人生を歩んで欲しい。


オレは心からそう思った。


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