第25話 因果応報となった男

 同居している彼氏に殴る蹴るの暴行を受けたのだとか。

 救急外来に搬入されたのは20歳前後の女だ。


 脳には小さな挫傷が多数あった。

 いわゆるびまん性軸索損傷せいじくさくそんしょうだ。


 患者の母親に後遺症の可能性について尋ねられた。


「いわゆる高次脳機能障害が発症することがあります」

「なんですか、それ?」

「記憶が悪くなったり、計算ができなくなったり」

「そんな!」


 さらに困ったことには人格が変わってしまうことがある。


「感情のブレーキがかなくなるかもしれません」

「……」

「たとえば親父おやじギャグに大笑いしたり、テレビの悲しい場面で大泣きしたり」

「そんなことも……あるんですか」


 場をわきまえず泣いたり笑ったりなら単なる変人へんじんということですむ。

 しかし怒りを抑えられなくなると大変だ。


「中には職場でお客さんを怒鳴ったり上司を殴ってしまったりする人もおられまして」

「ええっ?」

「妙に正義感が強くなってしまったりするのでしょうね、好意的に解釈すると」


 ブレーキが利かなくなってしまうため、行為に躊躇ためらいがなくなってしまうのが最大の問題ともいえる。



 女性が搬入されて半年後。


 今回、全身打撲で搬入されたのは同居していた彼氏の方だった。

 人間凶器と化した彼女に金属バットか何かで滅多打ちにされたらしい。

 大変なことだが因果応報とも言える。


 オレが救急医に呼ばれたということは手術が必要だということだろう。


 救急外来に横たわる血まみれの男性。

 すでに気管挿管きかんそうかんされてレスピレーターが装着されている。


 モニターにはCT画像が表示されていた。

 急性硬膜外血腫、急性硬膜下血種、外傷性クモ膜下出血、脳挫傷……。

 要するに、開頭手術が必要な状態だ。


 CT画像を見た後に患者を診察した。


 頭皮がパックリと割れている。

 止血はされているが、縫合ほうごうはされていなかった。


 男の金髪をかきわけて創部を確認する。

 後ろから救急医が声をかけてきた。


「その傷を使って手術をされるかと思って縫っていません。二度手間になるといけませんからね」


 まるで善行ぜんこうほどこしたといわんばかりの明るい声だ。

 これこそ「場をわきまえない」ってやつじゃないか。


 せめて形だけでも沈痛ちんつうな表情ってのはできないものかな、この人。



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