第19話 倒れつつも前向きな男

脳外科外来では家族の相談というのが結構多い。

自分は調子いいけど、家族が病気になった。

どうしたらいいのだろうか、というもの。


今回相談されたのは50代の女性。


「先生、主人が脳梗塞で倒れたんですよ、先週」

「そりゃあ大変ですね」


オレは次の再診予約を入力しながら言った。

大変そうな表情をすることも忘れないようにしておこう。


「もうどうしていいか分からなくて」

「どちら側の麻痺なんですか」

「えっと、右かな。右半身の麻痺です」


利き手側の麻痺だと厳しい人生が待っている。

もちろん左側の麻痺でもきついのだけど。


「言葉の方はどうですか。言語障害は?」

「ちょっと聞き取りにくいけど、まあまあしゃべれます」

「不幸中の幸いってとこですね」


最悪なのは右半身麻痺に言語障害が加わった状態だ。

周囲の会話がすべて外国語に聞こえてしまい、意思の疎通ができなくなる。


「失語がなかっただけでも良しとしましょう」


これから先はリハビリ勝負だ。

自分の事は自分でできるようにする、というのが目標になる。


「今は急性期病院でリハビリの導入をしている段階ですね」

「はい」

「ある程度落ち着いたら回復期リハビリ病院にうつることになります」

「回復期……リハビリ、ですか」


大抵の人には初めての言葉なので頭に入ってこないのかもしれない。


「そういうカテゴリーがあるわけですよ。リハビリに専念する病院です」

「ええ」

「私の伯父が回復期に入院していましたけど、病室を1歩でたらリハビリ室でした」


むしろ広大なリハビリ室を取り囲むように病室があったというべきか。


「朝から晩までひたすらリハビリで疲労困憊でしたね、その時は」

「今の病院のリハビリでは駄目なんでしょうか?」

「質はともかく、量が段違いです。2~3倍はやるんじゃないかな」


算定できるリハビリでの単位数は病院のカテゴリーによって厳密に決められている。

急性期は少なく、回復期は多い。


「それにね、急性期病院は土日にリハビリを休むところが多いけど」

「そうなんですか」

「回復期リハビリには土日はありません。正月以外はひたすら訓練です」


「1年364日のリハビリテーション」というキャッチフレーズだ。


「伯父もね、リハビリで疲れすぎて不眠が治ってしまいました」

「あはは!」

「とにかく家族全員で頑張ってください」


起こってしまったことは仕方ない。

これからは、その時々で最善を尽くすべきだ。


「先生、また相談させてもらっていいですか?」

「もちろん、いいですよ」


脳梗塞の家族を持つことの大変さを知るのはこれからだ。

せめてオレのアドバイスで前向きになってもらう事を期待しよう。

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