第18話 信念でタバコを吸う男

「タバコはどのくらい吸われますか」

「吸いません!」

「これまで全く吸わなかったのですか」

「やめました」

「いつ頃でしょうか?」

「3年前に肺癌の手術をしたんです」


 それで禁煙したわけか。

 ありがちなパターンだ。


 でも、そんなにえらそうに言わなくてもいいんじゃないか?


 オレならこう言うだろう。

「肺癌がみつかったらすぐに禁煙できました。お恥ずかしい事ですが」


 人は病気になってから予防するものだ。

 どんなニコチン中毒でも肺癌になったらすぐにタバコをやめてしまう。

 いくら奥さんに懇願されても禁煙できなかったのに。


 さて、目の前に座っている患者もヘビースモーカーだ。

 服からタバコの匂いがしてくるのですぐに分かる。


「タバコをやめるのは難しいですか」

「無理無理、やめるくらいだったら死んだ方がマシだよ」

「なるほど」


 オレは電子カルテに表示された胸部レントゲンを指さした。


「ここにね、何か丸いものが見えるでしょう」

「えっ?」

「直径2センチくらいかな」


 そう言って輪郭をボールペンでなぞった。


「確かに何かありそうに見えるな……」


 男性の表情が一変した。


「もう少し詳しく調べた方がいいと思うんですよね」

「何か悪いものがあるのでしょうか?」

「まだそう決まったわけじゃないですけど」

「……」


 オレの声が耳に入っているかな。


「診断がつくまでタバコはちょっと控えておきましょうか」

「もう……タバコはやめておきます」

「じゃあ、胸部CTを予約しておきますから、これで決着をつけましょう」


 顔面蒼白の男性にそう声をかけた。



 怪しい影があったらCTを撮影するにかぎる。

 CTで肺癌だとなったら、そのまま呼吸器内科送りだ。


 もし肺癌でないと分かったら……

 この患者は喜んで喫煙を再開するのだろうか。

 それとも、これを機会にタバコをやめてしまうのか?


 次の診察の時に確認してみよう。



 ところで、単純レントゲンで肺癌とまぎらわしいものの1つに肋軟骨の石灰化がある。

 丸い陰影として写るので、いかにもそれっぽく見えるのだ。


 まず石灰化だろうな、と思ってもオレはCTを撮影することが多い。

 単純レントゲンでは癌を否定しきれないからだ。


 もちろん「大丈夫でしょう」などという安請け合いはしない。

 CTを依頼しつつ、さりげなく禁煙を勧めることにしている。

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