第16話 クレーム対応する男

 30歳、40歳の医学生は珍しくない。

 今日、病院見学に来ていた学生も社会人経験があった。


「僕は市役所を辞めて医学部に入りました」

「マッチングの面接試験ではそこを強調したらいいんじゃないかな」

「そうですね」


 医学生にとって卒業後の研修先選びは一大行事だ。

 複数の教育病院に応募し、面接試験で自分を売り込まなくてはならない。

 病院は採用したい学生にランクをつけて医師臨床研修マッチング協議会に登録する。

 その結果で個々の医学生の研修先が決定される。

 この一連の過程がマッチングと呼ばれるものだ。


「ほかの人と違う経歴をどう面接でアピールするわけ?」

「そうですね。自分の社会人経験を患者さんへのサービスにつなげたい、とか」

「そりゃ、弱いな」


 そんな一般論は誰でも言える。

 たまに面接官を押しつけられるオレですら、これまで30回以上は聞かされた。


「もっと具体的に言わないと」

「具体的に、ですか?」


 面接試験でその他大勢に埋もれたくないだろう。


「クレーム対応なら任せとけ、くらい言わないとインパクトがないぞ」

「えっ、クレーム対応を僕がするんですか?」

「今までしてきたんじゃないのか、市民相手に」


 公務員としての血と汗と涙の物語はそこだろう。

 オレたちの税金で食わせてやってるんだぞ、とか。

 市民に言われ放題だ。

 かつて自治体病院に勤務していたオレにも経験がある。


「実際のところ地域住民への対応は大変でした」

「その苦労を強調しろよ。他の学生にはない経験じゃないか」

「確かに24、5歳の人たちには負ける気がしません、クレーム対応だったら」


 ようやく本音が出てきた。

 いい感じだ。


「じゃあ、具体的にどう対応するか教えてくれ」

「まず相手に言いたいことをすべてき出させるところからですね」

「途中で反論したらどうなるかな?」

「余計にエスカレートして、大変なことになります」


 たしかに相手の話をさえぎらないのが基本だ。


「言いたいことを聞いてあげると、ある程度は満足してもらえますから」

「その後は?」

「押し引きしながら着地点を探ります」


 なるほど。


「さすがに市役所でまれてきただけのことはあるな」

「いや、それほどでも」

「ぜひウチの病院に来てくれ!」

「はいっ、頑張ります」


 若者らしい表情だ。


「クレーム対応はキミに任せる」

「えっ?」


 病院でさらに修行を積んでもらってもいいんじゃないかな。

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