第14話 局所がムズムズする女

外来を訪れた患者の主訴は局所の違和感だった。

大切な部分がムズムズするという。

高齢女性らしい遠まわしな言い方だ。


すでに婦人科ギネ泌尿器科ウロに2ヶ所ずつかかり、いずれも問題なしとされた。


「ムズムズを感じるのは脳だから、脳神経外科でてもらいなさい」


無茶苦茶な理由で脳外科に紹介されてきた。


ウチじゃないと抵抗するより、サッと診て次にパスする方が効率的だ。

とりあえず診察室に来てもらった。


今朝けさは治ったと思ったんだけど、さっきからムズムズが始まって」

「ん? ホントに脳かも」


朝は調子がいいが、時間がつにしたがって不調になる疾患はいくつかある。

その1つかもしれない。


「たった今、ムズムズしているわけですよね」

「ええ」

「ちょっと万歳ばんざいしてみましょうか」


椅子に座ったまま両手をげてもらった。


「どうですか、なおりましたか?」

「あれっ、ムズムズが治り……ました」


患者は狐につままれたような表情だ。


「お母ちゃん、何を言いだすの!」

「だって、本当に治ったんだから」


同伴の娘もびっくり。


「これは低髄液圧症ていずいえきあつしょうだと思いますよ」

「テイ、ズイエキアツショウ?」

「脳が浮かんでいる髄液の圧が下がっているわけですね」


典型的な低髄液圧症の症状としては頭痛が多い。

立ったら痛くなり、寝たらマシになる。

姿勢の変化で圧が下がったり上がったりするからだ。


頭痛のほかに局所のムズムズが起こることもある。

要するに何でもありなわけ。


くびの神経から髄液が漏れて圧が下がるんです」

「じゃあ、何で万歳したら治ったんですか?」

「万歳の動作で髄液漏れのあなが閉じるからですよ」


これで通じるかな?


「逆に重い荷物を持ったりすると孔が開くので悪化します」

「そういや、私、買い物で荷物を持つことが多かったわ」


周囲に迷惑をかけてはならない、と無理をしていたらしい。


「まるでドクター・ハウスみたい!」


娘がそう言って笑った。


ドクター・ハウスってのは何でも診断する名医のことか。

オレは良く知らなかったので適当に話を合わせておく。


患者は娘とともに機嫌よく家路についた。


が、オレがドクター・ハウスではなかったことは半年後に思い知らされることになる。


次回、再び現れた母娘おやこ、そして診察室で繰り広げられたやまいとの死闘について語りたい。


(つづく)


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