第13話 売れない絵を描く男

 入院中の伯父が急変した。

 おそらく腹部大動脈瘤破裂ふくぶだいどうみゃくりゅうはれつだ。


 近くに血縁者がいなかった。

 伯母も今はこの世の人ではない。

 だから田舎からの電話を受けたのはオレだ。


「どうしますか? 市内ですぐに送る先はありますけど」


 療養先の病院の主治医に治療方針を確認された。


「今の状態はどうなっているのでしょうか?」

「血圧は上が50くらいで、意識がないですね」


 そんなに悪いのか。

 すでに回復不能な脳のダメージが起こっている。

 治療がうまくいったとしても植物状態がせいぜいだろう。


「転送はやめて、そちらでの看取みとりをお願いします」

「そう……ですか。分かりました」


 医師としてするべき決断は明白だったが、親族としては罪悪感があった。

 まるで伯父を見放したみたいな気になる。



 電話を切った直後に伯父の心停止しんていしがあったそうだ。

 そのことは後で知った。


 葬式に出席したのは5、6人の親族だけ。

 簡素な集まりが伯父らしい。



 生前の伯父は売れない画家だった。

 伯母が自営業をしているのを幸い、本人は働かずに絵だけを描いてきた。

 これまでの人生で2~3枚は売れた絵もあるらしい。



 その昔、伯母の店をたずねたときのこと。

 壁にいくつか伯父の描いた絵が飾ってあった。

 主として風景画だ。


 その中に男性の横顔を描いたものがあった。

 一筆書きみたいなシンプルで小さな絵だ。

 でもパッと目立つはなやかさがある。


「これ、すごくいいじゃないですか!」


 思わずその絵を指さしてめた。


 喜んでくれるはずの伯父は何ともいえない表情だ。


「それは……ピカソじゃ」

「はあ?」


 ワケが分からなかった。


 そこにやってきた伯母がこう言った。


「最近、近所でピカソ展があってね。その時に買った絵葉書なの」


 てっきり伯父が描いたものとばかり思っていた。

 しかし負けた相手がピカソなら、むしろ喜ぶべきではないのか?


「お、伯父さんもこの絵を気に入って買ったんですよね」

「……」


 ダメだ、フォローになってない。


「大丈夫ですよ、ゴッホだって生涯に売れた絵は1枚だっていうし」


 おいおい、何を言い出すんだ!

 あせって墓穴を掘ってしまった。


 ゴメン、伯父さん!



 お葬式の席でふと浮かんできた伯父との思い出だ。


 売れなくてもき続ける心意気。

 アーティストたるものかくあるべし。


 無名むめいカクヨム作家のオレもあとに続くぜ!

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