第5話 ヤクザに余計な事を尋ねる男

 当直していたら顔見知りの救急医に応援を頼まれた。

 救急外来に指を切断した男性が来たそうだ。

 断端形成だんたんけいせいの助手をやってくれとのこと。


 一目で分かるガラの悪そうな男性2人組。

 うち1人は左手をタオルでくるんでいる。


 どうやら小指を詰めたらしい。


 こういうのは機械に挟まれたのが多い。

 が、たまに自ら落とした人も来る。

 オレは経緯を詮索せんさくしたりしない。

 この世には知らない方がいいことも沢山あるからだ。


 指を切断した時はたいてい断端から骨が飛び出している。

 そのままでは皮膚で覆うことはできない。

 なので、骨を丸のみ鉗子リュエルかじって短くしてから皮膚を被せて縫合する。


 救急医が術者でオレが助手だ。

 オーベルスト・ブロックという一種の局所麻酔で行う。

 指の4ヵ所に少量のキシロカインを注入するだけだ。

 だから患者の意識ははっきりしている。

 会話も可能だ。

 救急医が話しかける。


「ヤクザさんですか?」

「そうやけど」


 関西系のヤクザか。

 頼むから、余計な事をかないでくれ。


「偉いんですか?」

「そうやろな、若頭わかがしらやから」


 それ、ナンバー2じゃん!

 下手に怒らせたらこっちが指を落とす羽目になるぞ。


「若頭……って?」


 もういいからさ、治療に専念しようよ。


「このはみ出した神経を鑷子せっしでつまんで中に押し込んでくれますか?」


 救急医は意に介さずオレに指示する。


「はい、できました」

「おおきに」


 できばえはなかなか良かった。


 ふと気づくと男たちはお金も払わず消えていた。

 もちろん、氏名や連絡先も出鱈目でたらめだ。


 しからん話ではある。

 ただ、逃げてくれてホッとしたのも事実だ。




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