家に帰ると彼女が必ずヤンデレのふりをしています

赤茄子橄

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家に帰ると彼女が必ずヤンデレのふりをしています。

どういうことなのでしょうか?







ガチャ。

部屋のドアを開くとそこには愛しの彼女が俯きながら腕を後ろに回して直立していた。



歌氷青かいとくん、おかえりなさい」


「ただいまです」


「今日どこ行ってたの?」


「え、どこって?言ってた通り、学科の子たちとグループワークの話し合いに行ってきたよ。大学の図書館の会議室を借りてやってたんだ」


「うん、そうだよね。でも、女の子たちと密室。しかも、こんなに匂いが移ってるってことは結構近くに寄り添ってたんでしょ」


「えーっと、そんなに近くはなかったと、思うんだけど」


「そんなわけないじゃない。こんなに臭いのよ?まさか私に言えないようなことをしてきたから嘘ついてるの?」


「嘘なんてついてないよ。俺が幸知火さちかさんに嘘ついたことある?」


「ない............けど..................」


「でしょ?もちろん今日も幸知火さんに言えないような話なんて何もしてないよ」


「うん......今日歌氷青くんがしてたお話の内容自体は盗聴器で聞いてたから知ってる......。けど、こんなに他の女の子の匂いをプンプンさせて帰ってくるなんてヒドイよ裏切りだよ。私へのあてつけか何かなのかな?高校のころは女の子の匂いが移ったりしないように注意してくれてたのに......。まさか私から心が離れちゃったの?なんで?私なにか悪いコトした?してないよね?......もしかして歌氷青くん他に好きな子でもできたの?今日たくさん話してた女?許せない............」


一息で捲し立てるように言い切ると、幸知火さんは後ろ手に持っていた包丁を体の前に出して両手で握り直す。

キラリとした銀の刃先の煌きに対して、幸知火さんの目は一縷の光をも通さないという強固な姿勢を体現したかのように闇をたたえていて、その光と闇のコントラストが幸知火さんの妖しさを孕んだ美しさを際立たせる。


「いや、幸知火さん?なんか凄い誤解してそうなんですけど......」


「知らないっ。そんな歌氷青くんにはお仕置きだよっ。痛い思いして、私への愛情を思い出して!大丈夫、痛いのはちょっとの間だけで、すぐに気持ちいいことして慰めてあげるから!」



なんだか盛大な勘違いをして他の女の子に嫉妬した結果、俺を刺して動けなくした上で色々と幸知火さんを俺の心身に刻み込もうという魂胆が見える。

というような『シナリオ』が読み取れるような台詞回し。


うーん、今日は一段と手が込んでるなぁ。

なんて呑気に構えていると、幸知火さんは鈍色に輝く包丁をさっきまでよりさらに強く握って、俺の方に向かってくる。


包丁の位置的に、腹部に狙いを定めているのだろう。

場所は玄関。彼女との距離は2メートルもない。


それでも幸知火さんの速度くらいなら、俺にとってはスローモーションみたいなもの。

動きは見えてるし避けられなくはないけど......。


たぶん俺の肉体の強度を知っているからこそ、こういうやり取りができて、それで愛を深めあえると思って行動してるんだろうなぁ〜と思うと、愛おしさに胸がきゅぅっと苦しくなる。


絶望に染まったような表情のふり・・も俺への愛情の強さを表してくれてると思うとめちゃくちゃ愛おしいし、包丁を持つ手がプルプル震えてて刺すのを躊躇ってるふり・・も最高に可愛い。


その全部があまりにも真に迫っていて、あたかも本気なんじゃないかと思わせるような全力の演技。


なるほど、幸知火さんはこれを受け止めてほしいんだねっ。任せて!

俺は避けないよ!


幸知火さんの凶刃を受け入れる覚悟をして、腹筋に力を込める。



そしてとうとう包丁と俺の腹筋が接触して..................パキンッ。


「あ......。え......?お、折れた......?」


幸知火さんの『心底驚いた』というような演技の通り、包丁がしっかりと折れている。


そのポカンとした表情はめちゃくちゃ可愛いけど......この事態は俺にとっても予想外で......。



「さ、幸知火さん、手は怪我してない!?動かないで!足元に包丁のかけらが落ちてて危ないから!踏んで怪我でもしたら大変だよ!ごめんなさい、筋肉に挟んで止めるつもりだったんだけど、思ってたより力入れすぎてたみたいで弾き返しちゃった......」


「え......?筋肉で止めようと思ってた......?なに......?どういうこと......?」



へなへなと腰を抜かしたようにつま先を両外側に開く形にぺたんと座り込んでつぶやく幸知火さん。

まるで本当に何が起こったかわかっていないかのような狼狽っぷり。



最近、俺が講義やら課題やらで忙しくてあんまり構ってあげられないからだろうか、こういうことが続いている。

それにしても今日はまた迫真の演技で俺を楽しませてくれようとしてる。


けど、散らばった包丁の破片は危ないからね。ほどほどにしてね。





不足したイチャイチャ成分を補うためなんだろうな。

ここ数日はヤンデレのふりをして、俺の帰宅に合わせてなんだかんだとイチャモンをつけて、こんな感じで襲いかかってくる幸知火さん。



ほら、アレと一緒だよ、アレと。

昔とある質問サイトにアップされて、本になったり映画になったりしたあの話。

夫が家に帰ったらお嫁さんが毎日いろんなバリエーションの死んだふりをして待ち構えてるやつ。

結局あの話の本当の理由は明かされているわけではないけど、いくつかの解釈は考察されている。

シンプルに夫に構ってほしくて奇を衒ったとか、いつか自分が先に逝ってしまって居なくなったときに夫が悲しみすぎないよう免疫をつけるための予行演習だとか。


数日前に、最初いきなりスタンガンを首に押し当てて気絶させようとしてきたときは何事かと思ったけど、その話を思い出して一人納得したんだよね。

幸知火さんのコレも一緒だろうって。


寂しかったから構ってほしくてヤンデレのフリをしてみたのか。

もしくは、将来、俺がなにか幸知火さんの逆鱗に触れるようなことがあったとき俺を傷つけるかもしれないけど、それでも変わらぬ愛を貫き続けるための予行演習のつもりなのか。


はたまたどっちの意図もあるのか。

その真意はまだ尋ねてないけど、幸知火さんが全力で愛をぶつけてきてくれるんだから、俺もそれに応えようじゃないか。





それにしても、うん。

今日も俺の彼女は世界一可愛い。






それからしばらく呆けた様子を見せてくれる幸知火さんから、切っ先の砕けた包丁を預かって、お姫様抱っこでリビングのソファまで運ぶ。

一切の抵抗がないだけじゃなく、その大きな目を何度もまばたきさせて、口元を半開きにして今にも『はへぇ~?』みたいな声をあげそうな、ぽかんとした表情で俺を見つめる幸知火さんは、眺めているだけで絶頂に達してしまいそうなくらいの破壊力がある。


お姫様抱っこで距離が近くていい匂いがするのも攻撃力が強い。



ただ、玄関をそのままにしておいては、幸知火さんが怪我をしてしまうかもしれない。

そんな最悪のシナリオを回避するため、彼女の全身から放たれる魔性の引力から一旦逃れて、玄関に散らばった金属のかけらを掃除する。


掃除機をかけている間も、ソファから半身を乗り出して、開いたリビングのドアの隙間からこちらをじっと見ている彼女は、まるで猫みたいでまた可愛い。




可愛いの権化。


彼女、六道幸知火りくどうさちかは、俺の1つ年上でぴちぴちの大学2年生。

もともと高校時代の部活の先輩で、今は世界一大事な彼女。


陸上部のマネージャーをしていた幸知火さんに一目惚れして、アタックしまくった結果、なんとかお付き合いさせていただくことが叶ったお相手。

あの頃から今に至るまで、毎日愛しい気持ちが高まり続けている。


そんな俺が幸知火さんを逃がすわけがないし、幸知火さん以外に目移りするわけはない。


そのことは幸知火さんもわかってくれているんじゃないかと思うので、一見猟奇的に見える彼女のヤンデレムーブはたぶん演技だ。

2人で仲良しするためのおちゃめなスパイスを提供してくれているのだろう。



家に帰ると彼女が必ずヤンデレのふりをしています。

どういうことなのでしょうか?

とても可愛らしい愛情表現なわけですね、わかります。




「うぅ......歌氷青くんが凄いのはわかってたけど、まさか包丁まで折れちゃうなんて思ってなかった......。今日もお仕置きできなかった......」


幸知火さんが落ち込んでいじけている演技をしている。


ソファの上で三角座りをしながら、唇を尖らせて、赤みがかった黒のロングの髪の先を指先でイジイジしている。

可愛い。


さっきまでのヤンデレみたいな真っ黒に染まった目も大好きだけど、子どもみたいにしょんぼりした目も素敵。



「ごめんね。俺が幸知火さんの演技にうまく合わせられなかったから、幸知火さんの計画と違う流れになっちゃったみたいで」


「............演技なんかじゃないのに..................」



ぼそっと小さくつぶやく。

俺は当然難聴なんかではないのでバッチリ聞き取っている。


聞こえるかどうか微妙なレベルでつぶやくあたり、リアリティにこだわった演技が継続されているらしい。


「ふふっ、幸知火さんは今日も可愛いね」


小動物みたいで可愛くてついつい頭を撫でてしまう。


「............今日また女の子といっぱい喋ってた......」


蒸し返す感じらしい。

確かにそれについては申し訳なくも感じているんだけど......。


「ごめんね?俺らの学科、男子が極端に少ないから。必然的にグループワークのメンバーも女の子が多くなっちゃうんだよ。それは幸知火さんも知ってくれてるよね?」


俺が所属する常闇大学の看護学部理学療法学科は、男女比が極端に女子に偏っている。

こういう系統の学部は大体どこの大学でもそんな感じだろうけど。


「むぅ......。知ってるけどさぁ。あーあ、歌氷青くんがそんな女の子ばっかりの学部に進むのが悪いんだよぉ」


「それも申し訳ないなぁとは思ってるけどさ。でも俺は幸知火さんに何かあった時にばっちりサポートできるように、ここで勉強したいと思ったんだよ。だから、ね?大目に見て?」


「うぅ......。女の子ばっかり......許せない......。けどそんなふうに言われたら許さざるを得ない......。歌氷青くんいっつも卑怯だよ......」



ふむ。

ヤンデレムーブは『ふり』だとしても、幸知火さんを不安にさせているのは割とマジなのかもしれない。


これは今日もしっかり俺の愛を教え込んであげる必要があるな。


「幸知火さん」


「......なに?」


「今から急いでシャワー浴びてくるので、上がったら速攻でベッドに入りましょう」






ダッシュで風呂を出てから朝まで交わり続けた。


幸知火さんは1時間経ったくらいから語彙力が低下してて、『好き』と『大好き』と『歌氷青』という名前と、あとは言葉の体を成していない無様可愛い声だけしか発しないマシーンになっていた。

途中、幸知火さんはときどき気絶してたみたいだけど、2人とも大満足の一晩になった。と思う。



*****



「......歌氷青くん、おかえりなさい」


ガチャっとドアを開くと、今日も愛しの彼女が俯き加減で出迎えてくれる。


「ただいまです」



愛情を確かめあったあの夜から1日経過している。


俺は1回生なのでそれなりに講義をたくさんとっていて、今日は2コマ目から4コマ目まで入っていた。

出席が重要ではない、期末試験さえ点数が取れればOKな一般教養だったので、最悪休んでしまっても構わなかったんだけど、行けるならわざわざ休むのは得策ではない。


何時間もし続けて、朝起きて若干眠気と体の怠さが残っていたけど、自主休講しなきゃいけないほどじゃなかったので行ってきた。


幸知火さんは2回生。

2回生も取るべき単位数はほとんど変わらなくて、彼女も今日講義が入っていた。


ただ、彼女を朝起こそうとしてみたとき、腰の痛みと眠気がヒドイということで今日はパスするということだったので、寝かしたままにしておいた。


幸知火さんは心理学部所属で、一般教養以外で同じ講義に当たることはない。

一緒に抽選にあたって受講している唯一の一般教養科目も今日ではないから、どうせ大学で一緒にいられる時間は講義の合間の休憩時間だけ。

それもほとんど移動で失われてしまうから、実質ほとんど幸知火さんの側にはいられない。


彼女は見た目も最高に良いのでとてもモテモテ。

そんな彼女をこんなにポワポワした状態で送り出した日には、どこの狼に食われてしまうか分かったものではない。


そういう意味では、家で大人しくしてくれていると、俺としても安心感があってよいのだ。




そんなわけで今、4コマ目の講義まで終わって帰宅してきたところ。


幸知火さんは今日も俯いて表情がわからない状態で、後ろ手に何か隠しているような姿勢でのお出迎え。


どうやら今日も家に帰ると彼女がヤンデレのふりをしています。

一体どういうことなのでしょうか?



「歌氷青くん、今日また女の子と話してたね」


「え?」


「3コマ目の時間、誰か知らないけど隣りに座ってた女の子に質問されて答えてた」


「あぁ、あったね」


「......また裏切りだ......」


「いやいや、聞いてたんでしょ。単にレジュメの空欄部分聞き逃したからって、その中身説明してただけだったよ」


「仲良さそうだった」


「全然だよ。同じ学部ってだけでほぼ話したことないし......」


「......昨日、私言ったよね。次に女の子と仲良さそうにお話したりしたら、赤ちゃん作るからねって。なに、昨日は嫌そうにしてたのに、私に赤ちゃん産んでほしくなっちゃったの?それとも私を嫉妬させて楽しんでるのかな?」


そう言えば昨日の夜、そういうこと言われたな。

あのときはまだ幸知火さんの意識がしっかりしてるときだった。


シてる最中でもばっちりヤンデレのふりをして深い愛を表現してくれるいじらしさにキュンキュンしてたんだよな。

まぁ冗談だとしても、子ども関係の話はちゃんとしとかないとだよな。


「いやいや、そんなつもりは全然ないよー?それに、俺はもっと幸知火さんと2人きりでいちゃいちゃしてたいから、子どもはまだ早いと思うんだよ」


「知らない。浮気者の歌氷青くんが悪いんだよ。ほら、こっちきてぎゅ〜ってしよ?」


今日も今日とてハイライトのない目でヤンデレのふりをしながら、両手を広げてハグ待ちの姿勢をとる幸知火さん。


おかげで背中に隠していた両手があらわになる。

左はなんにもないけど、右手には液体が詰められた注射器が握られていた。


スタンガンとか包丁はこれまで何度か登場したし、飲み薬は日常茶飯事のように出てきてたけど、そっか、とうとうシリンジまで出てきちゃったか。

今日は一段と凄い演技だなぁ。


さすが幸知火さんだ。エンタメマインドの洗練に余念がない。


「うん。大好きだよ、幸知火さん」


ぎゅっと抱きしめる。

12cmくらいの身長差があるから、若干かがむような形でぎゅっとする。


首元から幸知火さんの芳醇な香りが漂ってきて最高の気分になる。

その匂いに酔いしれていると、首元にチクッと、というかブスッと針が差し込まれて、液体が流し込まれるのがよくわかる。


「私もだよ。私達、とっても深く愛し合ってるわけだし、問題ないよね?大丈夫だよ、歌氷青くん。目が覚める頃には、パパになってるからね♡」


即効性なんだろう。

急激に眠気が襲ってくる。


「あぁ幸知火さん......。今日のヤンデレ演技は......まるで、本当に、ホンモノみたい......だね......」


薄れゆく意識の中で、小さく『演技じゃないって言ってるじゃない』って言ってる声が聞こえた。

ぎりぎりまでニクい演出をしてくれる。


大好きだよ、幸知火さん。







目を覚ますとベッドに大の字で仰向けにされて、四肢を鎖で固定されていた。

衣服は身にまとわせてもらえていないらしい。


左腕には、一緒の布団をかぶって、丸っこく縮こまった裸の幸知火さんが頭を載せて、すーすーと穏やかな寝息をたてながら幸せそうに涎を垂らして眠っている。

可愛い。好き。


けど、この状況......。昨日の幸知火さんの言葉からして、このまま拘束されたままだとまずいかもしれない。


とりあえず、この手かせ足かせをピックして外して......。

それで、名残惜しいけど幸知火さんを起こさないように腕枕を解いて......。

布団の中、というか幸知火さんの大事な部分を確認してみると......。


やっぱり、子作りの形跡がある。


まったく幸知火さんは......。

俺がこんなときのためにちゃんとアフターピルを持ってることを知ってるからこそ、こんな無茶なことを実行に移したんだろうけど、さすがにほどほどにしてほしい。


俺は子どもはまだもうちょっと先、しっかり養えるようになってからが良いと思ってるし、アフターピルは女性の身体に結構負担をかけるって話だから、あんまり使わせたくないんだけど......。

まぁでもやっちゃったものはしょうがない。


さて、幸知火さんが眠ってる間にやっちゃいますか。


棚の奥にしまっていた薬を取り出して......。

水と一緒に口に含んで......。

キスで流し込んで、軽く顎を持ち上げて......。


ゴクンッ。


はい、とりあえずおっけーかな。


部屋のデジタル時計を見ると、昨日帰宅してから半日ほど経過して、時刻はすでに昼前になっている。


昨日注射された薬がなにものだったのかは知らないけど、これで3日とか眠らされたりしていたら、緊急避妊薬の効果時間を過ぎてまずいことになってたかもしれないしな。

まぁさすがにヤンデレのふりをするためにそこまではしないか。はっはっはっ。


けど、そうか、昼前か......。

今日は1コマ2コマどっちも入ってたんだけど、完全にぶっちしちゃったな。


ま、いいか。

普段まじめに出席してるおかげで、たまにサボってもそんなに問題ないだろうし。


今日は幸知火さんを貪りまくろう。



*****



「..................歌氷青くん、おかえり」



先日に増して昏い声でお出迎えしてくれた。

右手には割と物々しい斧が握られている。





結局、昨日は大学を自主休講して、幸知火さんが目覚めてから夜がふけるまでシ続けた。

幸知火さんは筋肉痛と腰砕けとかで完全に身動き取れなくなってた。ぷるぷると辛そうにする幸知火さんも可愛かった。


そんなふうに1日部屋の中で2人で過ごしたこともあってか、幸知火さんは昨日はヤンデレのふりはせず、アマアマのトロントロンだった。


それからまた1夜明けて週末。

今日は講義とかの予定は特になく、ゆっくりと過ごせる日だった。


とはいえ、幸知火さんはまだ体中限界で動けないらしく、かといって食べるものとかも部屋に何もなかったので、俺だけ近所のスーパーまで買い出しにでていた。

そこでカレーの具材を買って、帰ってきたら『これ』だったという状態。


昨日ヤンデレのふりをしなかった分、今日激しめに補充してくれるってことなのかな?

今日はどんなイチャモンを付けてきてくれるんだろう。




「歌氷青くん、遅かったね」


「あー、遅くなってごめんよ?確かに途中ちょっと人とばったり会って話し込んじゃったからかな」


「......知ってる。そーちゃんと会ってたんでしょ」


「そうそう。たまたま道で想來そらさんと会ってさ」


そーちゃん、というのは、六道想來りくどうそらさんのこと。

幸知火さんの双子の姉で、見た目はかなり似通っている。


俺と幸知火さんは、大学のすぐ傍に借りている幸知火さんの下宿先で同棲してるけど、想來さんは実家から通っている。


普段は道端で会うことはほとんどないけど、大学が一緒なので、構内ではたまに見かけたりはする。

今日は週末だけどなにやら大学に用事があったらしく、その帰宅途中に俺とばったり遭遇したということらしかった。



「............そーちゃんと楽しくお話してきたんだ......?」


「え?うん、まぁ楽しかった、かな?っていうか、幸知火さん盗聴器で俺らの話聞いてたんじゃないの?」


「......ううん。そーちゃんとのお話は電波悪くて聞こえなかったんだ。多分電波妨害のジャマーみたいなの使われてたんだと思う」


「あぁ、そうなんだ。防犯意識?高いね?」


「......そうやって適当なこと言って誤魔化そうとして。何か隠してるんじゃないの......?」


「え?」


「私に飽きて、やっぱりそーちゃんの方が欲しくなっちゃって、電波を妨害してる間にあんなことやこんなことをしてたとか......っ!」


「えー」


「口ごもるなんて、やっぱり怪しい。そっか、そうなんだ。歌氷青くんだけはそーちゃんじゃなくて私だけを見続けてくれると思ってたのに!この裏切りも............んむっ!?」



なんか斧を持つ手と肩を震わせて、涙を流しながら変なことを叫んでるから唇を塞いであげた。


ヤンデレのふりをする幸知火さんは好きだけど、泣いてる顔はあんまり見たくない。


いや、泣いてる顔も可愛いからそれはそれで眼福なんだけど、大好きな彼女を不用意に泣かせたくはない。

そんな複雑な男ゴロロというものです。


ともかく、どうやら今日のやつは結構本気目に傷ついているのかもしれない。

幸知火さんは昔から双子の姉である想來さんと自分を比べて、落ち込むことが多かったらしい。


2人の容姿は本当にとても良く似ていて、ご両親も間違えることがあるくらいらしい。

周囲の声なんてどこ吹く風とばかりにフリーダムにのほほんとしている想來さんと違って、それなりに周りからの評価とかを気にする幸知火さんは見分けてもらえないことを気にしているんだとか。


しかも彼女曰く、想來さんは素の状態で元気いっぱいのタイプでみんなと仲良くできる方なのに対して、幸知火さんは想來さんの真似をしないとネガティブになってしまう部分があるとかで、劣等感を抱えて生きてきたらしい。


そんな鬱屈とした気持ちの後押しもあって、彼女は大学入学を期に家を出て一人暮しを始めることにしたらしい。

おかげで俺たちの愛の巣が出来上がって、ありがたい限りなんだけどね。



なんにしても俺から言わせれば、2人を見分けられないなんて意味がわからない話だ。

どれだけ似た格好をされようが、お互いがお互いのふりをして入れ替わっていようが、100%見分けられる自信がある。というか実績がある。


確かに想來さんの見た目は幸知火さんに似ていて美しいと思うけど、俺はなにも幸知火さんの外面だけを好きになっているわけではない。

内面なんかも全部、全部含めて愛しているんだ。


昔から何度もそう伝えているのに、これに関してはなかなか納得してくれないのが悲しいところだ。



ともかく、想來さんと俺の間に何かあったと誤解して、ネガティブになっていたうるさい口を塞ぐ。

幸知火さんはトロンとした目になって、2人しっかりと舌を絡め合うこと数分。


彼女が手に持っていた斧は早々に手を離れ、玄関を彩るインテリアみたいになっている。


ぷはっと離れた口には、銀に光る唾液の橋が架かり、息が荒くなっている。


数秒間の沈黙の後、先に口を開いたのは幸知火さんだった。



「こ、こんなことして誤魔化そうとしてもムダだよ。やっぱり何かやましいことがあるから私の口を塞いだんでしょ」


「まったく、幸知火さん。いい加減にしないとさすがの俺も怒りますよ?俺が幸知火さん以外に何か気を向けることなんてあるわけないでしょう?こんなに可愛くて美人で優しくて愛情たっぷりで可愛い幸知火さん以外が目に入るなんて、まじでどう考えてもありえませんから」


未だ涙の跡がきらめいている幸知火さんの頬を撫でながら、できるだけ諭すように伝える。


「ほんと......?私のこと捨てて、そーちゃんのところに行かない......?」


「ありえません。仮に、絶対にありえませんが、万が一、億が一、那由多の彼方よりも先にあるようなわずかな確率すらもありえませんが仮に、俺が幸知火さん以外に目移りしそうになったら、そのときはしっかり自害するので安心してください」


斧はともかく、今日のヤンデレ化は一部は『ふり』ではなかったらしい。

ここは漢らしく、彼女への愛を伝えて安心させてあげなければ。




「......自害なんてだめ。そのときは私に言って。もしもそうなっちゃったら、ちゃんと最期まで私の手で葬ってあげるから......」


「あぁ、それは嬉しいな。でも幸知火さんの手を汚させるわけにはいかないし、やっぱり絶対にその事態に陥ることは避けないとね」


「うん、お願いね♫」


まだ乾ききらない涙をキラリと煌めかせながら、最高の笑顔を返してくれる幸知火さん。


あー、まじで俺の彼女は世界一だわ。



「ところで、じゃあ、そーちゃんとは何を話してたの?」


「あぁ、他愛もないことですよ。俺たちの夜の生活はどんな感じなのかとか、幸知火さんがどんな顔でイクのかとか、そういうこと話したくらいですかね」


「ちょっ、ちょっと!?なに話してるの!?姉妹に夜の生活とか知られるの恥ずかしすぎるんだけど......。っていうかそれ、そーちゃんもしかして歌氷青くんのこと誘ってたとかなんじゃ......」


「いやぁ、それはないですね。あのひと、俺には他の男に向けるのと同じ、ほとんど興味ない目してますから。あの人が興味あるのは今の所幸知火さんくらいのもんですよ。実際、俺の話はほとんどしてませんからね」


「そ、そうなんだ......。よかった............」



一安心、と言わんばかりにほっと一息つく幸知火さん。

そんな姿も絵になるなぁ。



「で、でも、あんまり私を寂しくさせたらダメなんだからね?今日みたいなことがまたあったら、歌氷青くんも相手の女の子も、私がぶっ転がすからね?......歌氷青くんにはあんまり効いてないみたいだけど、そのうち恐怖と快楽で私から離れられなくしてあげちゃうんだからっ」


「楽しみにしてますね。最近ずっとしてくれてるヤンデレのふりも、俺結構気に入ってるんで」


「いや、だからフリじゃないんだってば!本気!本気なの!そうじゃなかったらスタンガン首元で発火させたり包丁で刺したりヤバいおクスリ注射したりしないでしょ!?」


「え?あれは俺ならなんとか耐えられると思って、ヤンデレのふりして愛を確かめ合おうとしてやってただけなんじゃ......?」


「そんなわけないよ!っていうか私がびっくりだったよ!包丁折れちゃったのもそうだけど、ベッドに鎖で繋いでたのにいつの間にか抜け出してるのとか、3日は眠り続けるはずのおクスリ注射したのに、翌朝にはバッチリ目覚めてるし!......その間にしっかり身ごもるつもりだったのに気づいたら避妊薬飲まされてるし......。歌氷青くん、いつのまにか凄くなりすぎだよ......」


「いやぁ、それもこれも陸上やってたおかげですかねぇ」


「いやいや、高校の部活動はそんな苛烈な環境じゃなかったから!歌氷青くんが可笑しいだけだから!」


「あはは、またまたぁ」



とまぁ何やら楽しげな雰囲気になったので良しとしよう。

やっぱ幸知火さんには笑顔が一番似合う。



けど............。


「幸知火さん......」


「ん?なぁに?」


「幸知火さんは、俺が毎日こんなに全力で愛を伝えてるつもりだったのに、まだ足りなかったんですよね?夜だけじゃなく、デートのときとかも、ずっと幸知火さん以外見てないですし、贈り物とかも頑張ってたつもりだったんですけど......。そうですか、足りませんでしたか......」


「......え?いや、えっと......」


「ちょうど明日も休みですし、ご飯食べたら、月曜の朝まで俺の愛を注ぎ続けてあげますね?」


「い、いやいや。十分だよ?歌氷青くんの想いは十分伝わってるよ?っていうかこれ以上ヤラれちゃったらおかしくなっちゃうっていうか......」




「遠慮しないでください。足りないんですよね。今回幸知火さんが不安になったのが何よりの証拠。二度と俺の愛を疑えないくらい、ばっちり気持ちよくしてあげますから」


「ひっ」



これから延々と味わうことになる快楽と疲労の波を想像したのか、小さな悲鳴とともに口元を引きつらせて青ざめる幸知火さん。


あ、やっぱ笑顔だけじゃなく、恐怖に染まった顔も最高にソソるわ。



まぁでもあんまり堕としてしまってヤンデレごっこしてくれなくなったら寂しいからね。

ほどほどにしておこうかな。

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