二刀流の妻を抱き締めたら可愛かった
なるとし
第1話 可愛い我が妻
二刀流。世間一般的には剣二つ扱う技術として知られているが、もう一つの意味もある。
それは
「裕二!起きて!」
「ん……あと5分……」
「またそんなこと言って……起きろ!」
「っ!あ!ごめんごめん!」
と、お腹をつねられ、目をあけると、妻であるあかりちゃんが、フライパンを手に持っている。そしてその上にはベーコンと目玉焼きが踊っていた。
「あの、あかりちゃん……それ危ないと思うよ」
「いや、こっちの方が効率がいい」
「……」
そう。あかりちゃんはずっとこうだ。何かをやりながら他の何かをやる場面が多い。
ご飯を食べている時も。
「あかりちゃん、ご飯食べながら書類見るのは禁止」
「だって、こうでもしないと間に合わないんだもん」
「……」
一緒に出かける支度をするときも。
「いや、俺のネクタイ整えながら化粧すんなよ」
「効率」
「……」
どうやら俺の妻は効率という単語が大好きらしい。
あかりちゃんは大学の後輩で、いつもおっとりしていて、世話好きなところがある。根はとても優しい子だし、かわいいし、何より俺が彼女に惚れてしまったので、大学卒業後、プロポーズし、そのまま結婚。現在は、ちょっと広めの1DKで一緒に暮らしているのだ。
「そんじゃ仕事がんばってね」
「裕二もね〜」
そう挨拶を交わしてから、俺は電車に乗り込んだ。
あかりちゃんは、会社に入社する前までは、とても包容力があって、一緒にいるだけでも癒されるような女の子だった。だけど、今となっては、いつも忙しくて、俺に全然構ってくれない。
なぜあかりちゃんは変わってしまったんだろう。普通、結婚すれば女は変わると言われているが、効率効率言いながら、俺を突っぱねることが多い彼女を見ると、少し寂しい気がする。
俺は仕事をしながらあかりちゃんがなぜ変わってしまったのか、思いを巡らしてみる。
すると、
「XX主任!これはなんだ!?ミスだらけじゃないか!?」
「す、すみません!」
「最近、評判悪いぞ!そんなに大した量でもないだろ?」
「……」
「やり直し!」
「はい!わかりました!」
と、社内で最も仕事を抱えているXX主任が部長に怒られた。大した量でもないか。うん……あの主任、この部署でもっとも仕事抱えているのにね……
暗い顔してる。
「っ!」
その顔を見て、俺は気づいてしまった。
あかりちゃんが変わった理由になり得る端緒を。
なので、俺は会社が終わった途端に直帰した。普段は、ちょっとした残業や飲み会などで遅れて帰る日が多い分、誰もいない我が家は俺にとって余計に寂しく感じられた。
そして早速、家事をした。洗濯や皿洗い、床の掃除などなど……
「あかりちゃんは一人でずっと文句言わずにこんなことをやっていたのか……」
ちょっと申し訳ない気持ちに苛まれながら、俺は家事を全部終えた。
そして1時間くらい経つと
「ただいま……」
「お帰り!」
疲れた表情のあかりちゃんがOL姿で中に入った。俺は私服にエプロンをかけた姿で迎える。
「ごめん、遅れて……すぐご飯作るか……ん?」
「ご飯、俺が作った!」
「ふえ?」
「家事も全部俺がやった!」
「ほ、本当?」
「うん!」
あかりちゃんは目を丸くし、固まったまま俺を見つめる。その表情を見ると、良心の
なので、俺は、
あかりちゃんを抱き締めた。
「ひゃっ!裕二!?」
「あかりちゃんごめん!俺、あかりちゃんが大好きなのに、今まであかりちゃんがしてきた苦労は全然知らなかった!仕事も家事もずっと頑張ってきたのに……」
「……い、いいよ……私は、裕二の奥さんだから……」
「もう二刀流はやめてほしい」
「え?」
「もうあかりちゃんに二刀流はさせない!一刀流がいい!」
「い、一刀流!?」
「うん!今のあかりちゃんも大好きだけど、心の余裕がないあかりちゃんの姿は見てられない!だから家事、全部手伝う!」
「……裕二」
「あかりちゃん」
俺とあかりは一旦離れて互いの顔を見つめ合いながら再び抱きしめあう。
ちゅっ
妻を抱き締めたら、可愛かった。
X X X
明日の朝
「……あかりちゃん」
「何?」
「ご飯食べながら俺の顔見るの禁止……二刀流は止めるって言ってなかった?」
「ふふっ……いいの」
「……」
結局、あかりちゃんの二刀流は治らなかった。だが、あかりちゃんが今見せている表情は、昔のあかりちゃんを彷彿させるほど、明るくおっとりしていて、かわいい。
この日を境に、あかりちゃんは昔のように何かをしながら同時に他の何かをするような姿は見せなくなった。
一刀流になった妻……かわいい……
そろそろ、赤ちゃん、作ろうかな……
二刀流の妻を抱き締めたら可愛かった なるとし @narutoshi
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