AM 1:30


 私が生後二ヶ月の頃のことだ。

 つまりあの隕石が宇宙から飛来して二ヶ月後のこと。この日本国に突如「怪人」が上陸した。

 そのニュースが朝の情報番組に飛び込んだのを見た瞬間、最初は誰もがCG加工を疑ったらしい。

 そうでなくともきっとプラスチックのビニール袋をくらげと間違えるような凡ミス、見間違えに違いない。そう誰もが朝の情報番組を「滑稽だ」と鼻で笑い、何の根拠もないその理論を誰もが信じた程に、私達はその怪人という存在に馴染みがなかった。

 ……だが、その三日後。私達はその怪人という存在が嫌でも現実だと思い知らされることになる。

 死者二百名、重症十七名、軽症八十名。世田谷区、崩壊。

 怪人という存在はあまりに圧倒的にして残忍で、そして疑うべくもなく私達人間にとっての脅威だった。この惨劇を受けて各国はすぐさま対応を協議し、日本国への軍隊の派遣を決定。

 しかしどこからか出現する怪人も一体だけではない。

 他国から派遣された軍隊の兵数には限りがあり、外国の脅威を国内に招き入れる形になっているという意味に於いてもその状況は好ましくないどころか招き入れた兵力でさえ満足に日本全国に行き渡らず、日本全体の防衛は儘ならない。

 この日本存亡の危機に国連や米国は会議を短期間で幾度となく開き、その結果、日本は国際的に自国防衛の為の「対怪人の軍事組織」の設立を認可された。それにより日本では危機迫る状況であるからと憲法の改正が半ば強引に押し切るように速やかに行われ、対怪人の為だけの一時的な組織としての「軍隊阻止の設立」が日本国内でも合法化。

 これに対して野党からは「あまりに横暴ではないか」「自衛隊で事足りる」という反発もあったが、全ては人命を守る為。

 そして憲法の改正が合法的に採択されたのは、やはり国際社会からの支援が大きい。

 諸国にとって、日本に兵力を割くということは「明確な隙の暴露」に他ならないのだ。幾ら高い軍事力を誇る欧州列強とて、軍事力の行使を原状人手に依存している以上どうしても軍事力の大きさは兵の数に依存する。そんな折、日本に兵力を送っている間隙を突いて他国が戦争を仕掛けて来れば、援助国にとっては日本へ送っている兵の数だけ自国が不利となる訳だ。戦争の勃発防止や自国防衛上の観点を踏まえると米国を初めとした外国諸国はいつまでも自国の兵を日本に滞在させておく訳にもいかず、また、交易の要所ともなる日本を得体の知れない怪物に占拠させるのはあまりに「惜しい」と考えた。

 そのような各国の思惑もあり、国際社会は日本自体が怪人に対する防衛能力を持っていないことは国際社会の大きな損益や紛争の発生に繋がる可能性がある、と日本政府に対怪人組織の設立を強く推奨したのである。

 そんな国際社会の後ろ盾を以て行われた日本国憲法の改正により設立が許可され、立ち上げられた軍事組織こそが日本国対怪人討伐組織……。

 人呼んで、「ヒーロー」である。

 彼らは人類の間違いのない脅威として君臨した怪人に勇気を持って挑み、五年の歳月を経て怪人の出現を完全に収束させた。

 その功績の為にヒーロー達は国民の絶大な支持を受け、組織の存続を望まれたが現実はそうはいかなかった。国際社会が日本の軍事力の保持を認可したのはあくまで怪人という目先の脅威への対抗の為……つまり、その脅威が失われた以上、防衛目的の設立であったとはいえヒーローという立派な「軍事組織」は平和の国日本での存在を許されない。

 その為別れを惜しまれつつも、ヒーローは組織ごと解散となる運びとなった……と、思われたその時、現れたのは、新たなるヒーローの害敵。

 匿名の通報を受けたヒーローが駆け付けた、ビルの屋上の淵には国民的ヒーローアニメキャクターの仮面を着けた一人の男が座っていた。

『よおヒーロー。こんな夜中までお仕事お疲れさん』

 煙草の火を蒸してぼうっとその煙を眺めていた男は、駆け付けたヒーロー達に気付くと緊張感無くひらひらとヒーロー達に手を振った。

 そんなヒーローの一人が「あなたは誰ですか」と問うと、男は少しだけ悩んだ素振りを見せて「お前らがヒーローなら、そうだなぁ」と仮面の下でニッと笑って、こう言ったらしい。



 夜の風が吹いている。はたはたと西向きの風に靡く黒髪を流しながら、私は夜の冷え冷えとした空気を肌で鋭敏に感じ取っていた。

 ビー、ビー、と警報の音が鳴り、差した赤い光に目を細めれば、彼らはもうそこに居る。誰だ、と敵意の形に尖った鋭敏で真っ直ぐな声が飛び、私は京都土産の狐面の奥で凄絶に笑った。  

 誰かって?

「『俺ァヴィランだ』」

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職業、ヴィラン。 刻壁(遊) @asobu-rulu

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