ある兼業作家の苦悩
藤浪保
ある兼業作家の苦悩
「二刀流ってなんだよ……」
俺は自宅の仕事机に両
先日、某小説投稿サイトの誕生祭が始まり、そのイベントの一つとして、お題に沿った短編を投稿するキャンペーンが始まった。
全十一回のその投稿イベントは、お題が発表されて二、三日で募集を締め切り、すぐに次のお題が発表される、という過酷なスケジュールのもと行われる。
去年、うっかりミスで皆勤賞を逃した俺は、今年は獲るぞと意気込んでいた……のだが……。
なかなか執筆の時間がとれず、気づけば締め切りまで残り一日を切っていた。
とはいえ、最低六百字でいいのだから、ネタさえ思いつけばささっと書ける。
問題は、その「ネタ」が全く思いつかない事だった。
第一回目のお題は「二刀流」だ。
最初に思い浮かんだのは、某VRMMORPGの世界に閉じ込められた黒いコートのキャラ。そして、投手と野手の両方で大活躍を見せている某野球選手だった。
そこから何も思いつかない。
このままでは何も書かないまま締め切りがきてしまう。
「二刀流……二刀流……。二刀流ってなんだ……?」
煮詰まってしまった俺は、言葉の定義を調べることにした。
一つ目、剣や刀を両手に二本持って戦う事。
「まあ、そうだよな。二刀流だもんな。宮本武蔵とかか。なるほど」
もちろんそのセンでは考えていた。最初に思い浮かべたキャラがこれに当たる。何か戦闘シーンを書けばいいのだと。
だが、さっぱりアイディアが浮かんでこない。既存の作品のキャラを使い、短編だけでも成り立つような番外編を書けば良いかとも思ったのだが、どれもこれも本編のネタバレになってしまいそうで上手く書けそうにない。
「次だ次」
二つ目、二種類の職業を持っていること。二足の
二番目に思いついた実在の人物がこれに当たる。職業としては野球選手でしかないが、普通は投手か野手という細分化された職業に就くのだから、別の職を得ていると言ってもいいだろう。
「ということは、俺も二刀流なのか」
兼業作家なわけだから、正しく二刀流なのだろう。
「でもなんも思いつかねー」
兼業しているからなんなのだ。それをどう作品に使うのか。全然全くちっとも思いつかない。
「最後は――」
三つ目、バイセクシャルのこと。両刀使い。
実はこれも考えていた。三番目に思いついた。
が。
「だからなんだよ。二種類の恋愛書くのか? どうやって両立するんだよ」
一応、恋愛書きでもあるのだから、書きやすかろうと思いきや、それが邪魔をしていた。
男女間の恋愛にせよ、同性間にせよ、最終的に結ばれた時には相手の性別などどうでも良く、その人でなければならないという状況が理想なのである。つまり、互いにヘテロだろうがホモだろうがバイだろうが関係ない。
「駄目だ。これも書けそうにない……」
両手で顔を覆って
はぁ、とため息をついて手をどけると、机の上のノートパソコンの画面、真っ白なままのプレゼンテーションファイルの一枚目が目に飛び込んできた。
「あ、やべっ」
そうだった。今はサラリーマンの方の仕事中だ。作品のことなど考えている場合ではなかった。
今日中に資料を作っておけと上司に言われていたのだ。これが終わらなければ執筆に入ることができない。
慌ててパソコンのキーボードの前に広げてあるノートに向き直る。
作り始める前にノートに下書きをするのが、資料を早く仕上げるコツだ。
右手でカチカチカチとボールペンを何度かノックしてから、スライドの一枚一枚を表す長方形を描き、内容を書き込んでいく。
「ここは円グラフを載せて、次はどうしようかな」
時折マウスでパソコン上の画面で参考資料を見ながら、構成を考える。
「あー、それにしても二刀流……じゃなかった。ええと、こっちは表にして……二刀流、二刀流……って、あー! もーっ!!」
悩んでいるのがよくないのだろう。資料の中身を考えている間に、何度も作品のことが頭に浮かんできて、仕事の邪魔をした。
そうこうしている間に、時間はどんどん過ぎていく。
「やばいやばい」
焦った俺は、左手にもペンを持った。
そして、ノートのページをめくって真っ白な見開きページを開くと、両方のページにペンを走らせ始めた。俺は両
ちょいちょい作品に思考を奪われながらも、それでも片手の倍速で下書きを作り終えた俺は、なんとか資料を期限までに作り、勤務時間を終える事ができた。
「――で、ここからは二刀流を考えなきゃならんのか」
会社のパソコンを閉じ、その上に伏せる。
「二刀流、二刀流……何があるんだよ二刀流……なんだよ二刀流って……」
がしがしと頭をかきむしっても、昭和のテレビよろしくべしべし叩いてみても、その辺をうろうろ歩いてみても、何にも出てこない。
投稿締め切りまで、残り十六時間。
「今日は徹夜……は無理だな」
明日は平日だ。当然昼間の仕事がある。兼業作家の夜はあまり長くない。
投稿締め切り改め
「降ってこい。降ってこい……!」
床に正座して、
祈りが届いてこの作家が自分の事に気がつくかは――神のみぞ知る。
ある兼業作家の苦悩 藤浪保 @fujinami-tamotsu
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