無茶振りクリスマス

SLX-爺

第1話 イブと卒業制作

 まだ12月が始まったばかりの頃、突然私と柚月の旧役員が職員室に呼び出されたんだ。

 当然、呼び出した黒幕は水野なんだよ。

 アイツ、マジでいい加減にしろよ! 私らはもう表舞台からは引退だって言ったじゃん。

 普通の高校生の部活は、3年生って、どう遅くても夏くらいまでしか活動しないものだろうが、なのに、なんでウチの部だけ、こうも私らが駆り出されるんだよ。


 水野の席に行くと、おもむろに言った。


 「諸君ら3年生に、卒業制作代わりに、1台の車を進呈しよう。1、2年生に素敵な贈り物をしてくれたまえ!」


 先生、卒業制作って、ハロウィンの時に作ったセフィーロが、卒業制作って言ってませんでしたっけ?

 あれも滅法無茶振りでしたよね。1週間でミッションブローしたセフィーロの4WDをMTに載せ替えろってね。


 私の抗議に対して水野は


 「申し訳ない! どうしても、もう一度3年生にお願いしたいんだ。1、2年生は来年の競技車両にかかりっきりなんだ。この通りだ!」


 水野は椅子から降りて土下座した。

 ……あぁ、水野も柚月と同じで、空気も読まずにこういう恥ずかしい真似を平気でするんだね。


 もう、仕方ないなぁ……。

 そう言うと、次の瞬間、水野は床からバッと顔を上げて


 「やってくれるか? それでは頼みます。モノはいつもの場所にあるので、早速今日から、それと、くれぐれも1、2年生には内密に頼むよ」


 と言った。

 でも、次の瞬間、水野の表情がひきつったので、なんだろうと思って背後に感じた気配の方を振り返ると、そこには教頭が立っていたんだよ。


 出た! 水野の天敵の教頭だよ。

 水野は教頭に連れられて行っちゃったよ。

 どうして水野は教頭と相性悪いんだろうなぁ……。


 「それは~、職員会議をサボったりするからじゃないかな~?」


 柚月がへらっとしながら言った。

 そういうもんかなぁ……。


◇◆◇◆◇


 そういう事で、3年生全員で、いつもの解体屋さんへとやってきた。

 この解体屋さんは水野と癒着していて、部車の大半は、ここから降ろして貰ってるし、おじさんは何でも自分で修理しちゃうから、頼りになる場所なんだよ。


 それにしても、ハロウィンの時もだけど、また廃車のバスにクリスマスのスプレーアートがされてるよ。

 さすがにもう驚かないよ。おじさんがちゃちゃっと、帰り際に描いたってのは、ハロウィンの時に聞いたからね。


 「おおっ! 後輩思いで感心だねぇ! 例の物はガレージだから、好きにやっちゃってよぉ!」


 おじさんに挨拶して、奥のガレージに行くと、1台のセダンが鎮座していた。

 丸っこいデザインが特徴で、薄いグリーンのボディのちょっと変わった形。

 一体何だったっけ?


 後ろに回って、エンブレムを見た時、思い出したよ、この車。

 さすが水野、変態チックな車、持ってきたねぇ。


 「なんだ、この車?」


 悠梨がみんなの思っていた事を口にした。

 日産ブルーバードSSSリミテッドアテーサだよ。


 「なんか形が違くね?」


 スマホで色々見ていた結衣が私に画面を見せた。

 あぁ、結衣が見てるのは8代目U12型のSSSアテーサリミテッドね。こっちは9代目U13型のSSSリミテッドアテーサなんだよ。

 熟成のSR20ターボエンジンは210馬力を発揮して、進化したアテーサは、トリプルビスカス式に進化したんだよね。


 でもって、この形が日本人から不評で、保険として設定されてた、無難なデザインの4ドアハードトップのARXアークスが圧倒的に売れちゃったんだよね。


 「でも、このデザインってカッコ良くね? 今の車と遜色ないじゃん!」


 悠梨、そうなんだよね。

 この車はアメリカでデザインされて、当時の最先端を行ってたんだ。だから、今見ても違和感が無いんだよ。

 だけど当時の日本人は、許せないくらいカッコ悪いっていう人が殆どだったんだって。


 さて、水野の指令書を見よう


 『拝啓

  3年生諸君で力を合わせ、この4WDの部車、ブルーバードを見事動くようにして、1、2年生へのクリスマスプレゼント兼、卒業制作として欲しい。当該車はクラッチ破損と、クランク角センサー異常により自走不能となっている。必要な部品を集めて、クリスマスに間に合わせて欲しい。健闘を祈る

                               敬具』


 また、無茶振りだよ!

 なんか前にも似たような事があったよね、ハロウィンの時さ!


 「大体、4WDだったら、前にもセフィーロ作ったじゃない!」


 優子がプリプリしながら言った。

 確かに……って、なんか指令書がホチキス留めで2枚になってる。

 なになに、『FRベースの4WDのセフィーロと、FFベースの4WDのブルーバードが揃う事によって、二刀流のアテーサ4WDが手に入る事になった。最強の布陣だ』


 だって、水野の奴さ、酔っ払って書いたんじゃね?


 「どういう事だよ、マイ!」


 結衣が訊いてきた。

 つまりはこういう事だろうね。

 アテーサって、基本的に主の駆動輪だけで走ってて、センサーが空転や滑りを感知すると、非駆動輪へとトルクを振り分ける仕組みだから、このブルーバードが手に入る事で、FFベースの4WDが手に入るって事なんだよ。


 「なるほどね~、確かに、ウチの部は~FRばっかりだもんね~」


 そういう事だよ、柚月。


 じゃぁ、ちゃっちゃとやっちゃいましょうかぁ!


◇◆◇◆◇


 それからの半月は、凄く大変だったんだよね。

 クラッチとクランク角センサーだから、簡単だと高を括ってたんだけど、ブルーバードみたいなFF車の場合は、クラッチ交換するのにエンジン降ろさなくちゃいけなくてさ、凄く大変だったんだよ。


 私ら、R32スカイラインのエンジンは、何度か積み降ろししたことがあるから、重さはそれほどでもないんだけど、スペースがなくて作業し辛いのが強烈に効いたんだよね……。


 でも、そのお陰でいろいろ勉強になったんだよね。

 ブルーバード用の社外部品なんてまず全くと言っていいほど無いけど、同じエンジンを積むシルビア用が使えるっていう発見があったんだよ。

 だから、水野がシルビア用の強化クラッチ用意してたし、おじさんが、シルビア用の軽量フライホイールまでくれたから、秘かに強化されちゃったんだよね。


 おじさんったら、パルサー用のエンジンがあるから、それは予約済みで取り置きしておくよ……なんて言ってたから、もしエンジン壊しちゃったら、パルサー用の230馬力のエンジンになっちゃうって事だよね。


 すっかり、このブルーバードに愛着を感じ始めた終業式前夜、遂に全ての作業が終わったんだよ。

 これを明日の終業式後に部に届ければ、ちょうどイブにもぶつかって、最高のクリスマスプレゼントって事だね。


 「マイ~、なんかそれさ、ハロウィンの時と一緒だって~!」


 そうだね、なんかいつも水野に乗せられてるような気がするよ。

 今回、唯一違う事と言ったら、柚月が変〇仮面に変装してこなかったことくらいだね。


 「誰が~そんな事してたんだよ~!」


 だって、あの時の柚月は、毎日変装して作業するって約束で、毎日してきたじゃん!


 「それでも~変態〇面にはなってない~!」


 そうだっけ?

 まぁいいや。とにかく、今回のプロジェクトの第一段階はこれで終了だよ。

 後は、明日の終業式後の部活に、このブルーバードで乗りつけて、ミッションコンプリートだね。


 翌日、終業式後に、3年生で解体屋さんに行って、遂にブル-バードを表で走らせたんだよ。

 うんうん、確かに、動きが全然違うよ。

 普段は前輪で走ってて、凍ったところとかにさしかかると、瞬時に後輪にも駆動が配分されていく、このちょっとした違和感は癖になっちゃうよね~。


 確かに、部車のセフィーロや、柚月のGTS-4とは違った、アテーサ二刀流っていうに相応しい動きの違いだよ。

 これは面白いかもね。


 よしっ! 学校に到着だね。

 水野に前もって今日で終了するって言ってあるから、ガレージの片方を開けて貰ってあるはずなんだけど、誰もいないよ!


 今日は部活ないの? それとももう終わっちゃったの?

 折角、今日のイブに間に合わせたのに、渡す相手がみんないないんじゃ、何にもならないじゃん!


 私が言った時だった。

 突然電気が消えてガレージ内が真っ暗になったと思ったら

 “パンッパンパン”


 とクラッカーの音がして、電気が点くと、クラッカーを持った、現部長の燈梨あかりや、副部長の七海ななみちゃん達がやってきた。


 「今回は、3年生が作ってくれた部車のプレゼントの進呈式とイブのお祝いに、用意させて貰っちゃった。ささやかながらパーティーを始めるね」


 と燈梨が言うと、1、2年生が奥からケーキとともに現れ、クリスマスなのか、ブルーバードの贈呈式なのか分からないパーティーが始まった。


 それにしても、去年までだったら、こんなみんなで楽しくパーティーなんてした事なかったから、みんなで過ごすクリスマスも、悪くないなぁ……なんて思っちゃったよ。

 


 

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