ある日、同級生が同じバンドのオタクだと気づいた話

夕希ゆき

Standard→Duo

 『厳正なる抽選を行った結果、お客様はご当選されました。』

 この一文を見た時の、歓喜と安堵と興奮はもはやライブ同然である。抽選申し込み後、抽選結果が出るまでの期間は、当日会場に向かう最中や開場待ちの間のそわそわに、当選の事実を確認した瞬間は、無事に入場できた時の安堵や、会場内の照明が落ちるあの瞬間の歓喜と興奮に。この瞬間、ライブは始まっているといっても過言ではない。

 「帰宅するまでが遠足です」という定番の文句もびっくりな拡大解釈を冒頭から披露したところであるが、

「はいじゃあそろそろ解説はじめるよ~」

悲しいかな、現実は授業のさなかである。

 当落発表がド平日の、しかも授業中の15時であることは、それはもう十分に把握をしていた。すぐにでも結果は知りたかったが、授業中に机の中でチケットサイトを開き、毎回求められるパスワードを入力し、結果を確認するという行為は、さすがに憚られた。かなり心苦しいが、折衷案として、発表時刻からしばらくたって届くメールをロック画面でチラ見することにしたのである。

 ライブ中の脳内とは対照的に、数学の教師による解説は進む。進級し、去年とは違う教師になってから曜日は三周目に入るところだが、正直すでに脱落しそうである。

音楽ライブと、ライブ授業。実はどちらもライブでは?授業のほうもうちょっと楽しくしてもらっていいですか?なんてふざけた解釈と無茶ぶりを脳内ライブ会場で繰り広げながら時計の長針があと180度進むのを待った。



「アリスさー、今日の数学の授業全然聞いてなかったでしょ」

「いや、世那の席から私のこと見てる時点で世那も大体聞いてないよね」

 放課後、用事もお金もない私たち定番の「おしゃべり会in教室」は、先ほどの不真面目な態度いじりからスタートした。

だってあの先生面白くないんだもん、それはわかる、なんて無責任な愚痴を並べていたら、世那がにやりと口角をあげながら触れてきたのはやはりこの件だった。

「それで、悪い子のアリスちゃんが授業中にスマホを触ってたのはなんでかな~?」

 いや私のこと見すぎじゃない?というツッコミは華麗にスルーされ、嬉しそうだったよね?とニコニコとした表情は追及の手は緩めることを知らない。

「ライブの当落がみたくて……」

「え!結果は」

「なんと……当選しました!」

「わーい、おめでとー」

「しかも、ツアーファイナルです!」

「ますますうれしいやつだ!」

 へーなるほどねえ、と世那はそこで満足したようで、あ、じゃあ私のも聞いて、とお気に入りの動画投稿者の最新動画で再生回数一回目がとれた話を始めた。

 私がその動画投稿者が誰だか知らないし聞かないように、世那も私が何のライブに行くのか知らないし聞かないのが、まさに私たちが仲良くなった理由を表している。

 帰宅の電車内で、改めて当選メールを確認し、チケット金額に数々の手数料が上乗せされた代金に毎度のことながらげんなりする。財布に入っているはずの野口英世の人数とコンビニに寄るためのルートを考えながら、メールの『枚数:1枚』という箇所を眺めて息をついた。

 厚みが減った財布とともに帰宅し、カバンをリビングの隅に放り投げなげてソファにダイブする。母の制服着替えなさいという声に気のない返事をしながら、通知の来たスマホを見た。メンバーの一人が愛犬の写真をツイートしていた。ほんとに毎日可愛いです、という気持ちを込めてハートマークを赤色に変えた。ついでに矢印のほうも緑色にする。芸能人やアーティストのみをフォローした情報収集専用アカウントにこの可愛さを共有するための存在はいないが、ただの流れ作業だ。


 おおむね、私が彼らへの「好き」を拗らせているのがいけないのである。

 俗にいえば、私は音楽が好きだ。それこそ現在進行形でチャートをにぎわすヒット曲から、一世を風靡した名曲、もちろん好きなアーティストたちの曲、対バンライブがあればその相手の曲、よく楽曲提供をするシンガーの曲、たまたまYouTubeで見つけた曲まで、幅広く楽しんでいる。自分で広げるだけではなく、たまに情報を交換する友人も少なくない。

 しかし、「好きな音楽」というものはだいたい扱いが難しい。歌声、発声、楽器、奏法、音響、音楽理論、メッセージ性、さらにはアーティスト自身の人間性、ビジュアルなどなどあまりにも要素が多すぎて、その解釈は個人単位であまりにも異なる。だからどうしても、「好き」という気持ちに対して気を使うことになるのは、もうお互いさまとして仕方がないことだと思う。

 私にとって、彼らの存在こそがまさにその領域にあたる。出逢いとか、ここまで好きになったきっかけとか、そういうのは、話せば長くなる。しかもそれを理解してもらうにはかなり深い事情まで話すことになるし、「なんで好きなの~?」なんて軽い質問にこたえるためにこちらの事情まで開示するのは抵抗がある。そもそもお前らにわかってたまるかなんてキレだす自分も生まれるのが簡単に想像できるので、やはりお互いの精神衛生上、明かさないのが一番良かった。

明かさなければ触れられない。自衛とは、自分のためでも、相手のためでもある。

 なんて偉そうにぐちぐちと並べたが、正直、誰かと同じ気持ちを共有することに憧れはある。絶対楽しいだろう。絶対幸せだろう。

わかっているのに踏み出せないのは、私が意気地なしだからだ。目先の恐怖におびえて、その先の幸せを目指すことができない。理解されたいくせに、自分を開示することができないちっぽけな私。

そんな私を救い歌い上げる彼らに、私はまたこの感情を拗らせてしまうのだ。

 どうしようもない、どうにかしたい。

 この感情を私はもはや扱いきれなくなっているのだと思う。




 それから曜日はさらに二周ほどして、ゴールデンウィークは去り、私は数学の授業をほぼほぼ脱落した。

これには席替えが大きな要因としてかかわってくる。誰が声を上げたのかは忘れたが、出席番号順の席に飽き飽きしていたのでそれを歓迎した。

「天野 愛里珠」は大体名簿の上のほうですぐに見つかるし、座席表にはもちろん廊下側の一列目に名前がある。便利だ。全然関係ないがイニシャルがA.Aなのはイニシャル入りの雑貨を買う時に迷う要素がないので便利だ。

 新たな席は、後ろから二番目、窓側二列目だった。日当たりもそこそこよく、先生の目もあまり飛んでこない、まどろみの15時、といえばもうわかるだろうか。席替えの神は私に微笑んだ。

 ついでに、世那と席が近くなったのも喜びポイントだ。もっとも、「渡利 世那」は名簿で下から見たほうが早いし、もちろん座席表には窓際の列に名前があるので、あの席以上に遠くなる余地がなかったのではあるが。

 昼休み、私の前の席の椅子を拝借した世那と一緒にお弁当を食べた。寝不足がすごいだの、今日の体育がどうだっただの、くだらない話を挟みつつ、二人とも食べ終われば、スマホ片手に適当なぼやきと適当な相槌をやり取りする。

昼に一度情報をチェックしないと、放課後にさかのぼるのが大変なのだ。

 私のタイムラインはやけに同じ画像が並んでいて、よく見れば、今度のイベントの出演者第一弾解禁があったようだった。ラインナップを見れば、結構知っている名前が多い。そのなかにいくつかのバンド名を目にとめ、顔を上げてそれらから連想される友人の姿を探した。彼女はすこし前のほうで友人とお弁当を食べながら、スマホの画面を真剣に見つめていた。

「菜々子~もうこれ見た?」

件の画像を見せつつ近寄って声を掛ければ、彼女はすこぶるうれしそうな表情でこちらを向いた。

「今見た!めっちゃ最強!」

「だよね、行く?」

「一応佐倉にも聞いてみてからだけど、たぶん行く~日程はお財布と相談だなぁ」

「これ佐倉くんが行かないなら誰が行くのっていうラインナップだよね」

「やっぱそう思うよね~佐倉ってマジなんでも知ってるんじゃない?」

「おすすめあったら教えてって言っといて」

「おけ~」

 食べるのが遅い彼女の邪魔をこれ以上しないように席に戻る。

リア垢に切り替えてみると、案の定佐倉くんがイベント公式の解禁ツイートをリツイートして、見たいのが多すぎるのかすでにタイムテーブルの心配までしていた。そのツイートにいいねをつけてから、画面を切って世那を見ると、ここにも真剣な顔をしてスマホの画面を睨んでいる人がいた。

「世那さんは怖い顔してなにしてんの」

「新グッズの現物紹介写真が良すぎて、もう一回買うやつ厳選してる」

 重大な状況だった。現物紹介写真はもちろん、ライブ前の物販なんかだと置いてある実物が写真で想像してたよりも良すぎてついつい足が出がちだ。しがない高校生にはただでさえチケット代が痛い支出。グッズの厳選は終わりなき戦いである。

 と、ここまで傍観の姿勢を維持していたが、私も今その戦いのさなかにいる事実が思い出された。先日発表されたツアーグッズ。あまりの良さに「良い」以外の感情をなくした私はついこの瞬間まで厳選の戦いから目を背けていたのである。

菜々子、佐倉くん、ごめん、イベントにはいけません。お財布が瀕死です。

 いやもしかしたら、よく見たらいらないなってなるものがあるかもしれない、という謎の抵抗を見せた思考に基づき、戦いに挑む覚悟を決めた私は写真フォルダを開いた。

数日前に解禁されたばかりだから、そんなにスクロールしなくても出てくるはずなのに、気づけば今年の春休みのお出かけの写真あたりまでさかのぼっていた。

どうやら保存し忘れていたようで、すぐにアプリをTwitterに切り替える。いろいろさかのぼるよりも、検索欄に暗記している公式アカウントのIDを打ち込むほうが早いので、その通りにやった。いつも通りの流れだ。しかし、見慣れたはずの公式アカウントのプロフィール画面に、何かがあって、何かが違った。

 一つはそう、水色で塗りつぶされた『フォロー中』のはずの場所が、ほぼ白い『フォローする』になっていたし、もちろんその隣の通知マークはない。

 そして、


 『陸さんにフォローされています』


 ここで私の頭は回転を停止した。




 そのあとどう午後を過ごし、そしてどう自宅に帰ってきたのか、記憶が丸っと飛んでいる。

 しかし、自室のベッドに五体投地をして意識を取り戻した今、私が盛大なやらかしをしたことを認識した。

あれだけしっかり分けていたはずのリア垢を使ってしまったのがすべての原因だった。佐倉くんの様子を確認した後にアカウントを戻すべきだった。大いに反省し、そして今、途方に暮れている。ここから先を踏み出す勇気が一ミリもわいてこない。

 『陸』とはだれなのか、わかってはいる。わかっているからこそ実は問題はさらに大きい。

これが同級生であること以外わかっていない人だったらまだましだった。クラスどこ?なんてのんきに考えていただろう。

私はこの瞬間席替えの神を呪った。『陸』のアカウント張本人である桝田陸はなんと今私の左後ろの席なのである。

 私が桝田陸についてもともと知っていることは少ない。帰宅部。隣のクラスの小山田光輝と仲がいい。ツイートはあまりしないが浮上率は高めでいいねがつくのが比較的はやい。教室の左端一番後ろの席を獲得し、窓の開閉権を得ている。

 そして、私は、この『陸』というアカウントを確認することで彼のさらなる情報が得られるわけだが、やって後悔した。

 まず、公式アカウントだけではなくメンバー全員のアカウントもフォローしており、高確率でいいねをしている。いいねが付いているツイートに遠い昔のものはなく、おそらく最近知ったのではないかと思う。さらに、お昼に菜々子と話した件のイベントに出演予定のとあるバンドの告知ツイートにもいいねが付いていたことに気づいたとき、思わず頭を抱えた。

もうやめればいいのに、と頭ではわかっていてもいいね欄をさかのぼる指は止まらなかった。

 自分でもドン引きなするほどの限界拗らせオタクを発揮しながらも、心のちょっと別の部分で今までにないとある感覚を得ていた。

 「めちゃめちゃ語り合いたい……!」

 すべてのツイートに脳死でいいねをつけてしまっている私だが、彼がいいねをつけたツイートはだいたい「あ~~わかる~~いいよね~~」と唸ってしまうものばかりだったし、たまに出現するほかのアーティストたちのラインナップがそれはもう共感の嵐が吹き荒れるほどだった。

 でもどうしていいかわからない。

だってほとんど話したことないし、クラスメイトとはいえ突然話しかけたら間違いなく不審がられそうだし、そもそもどうやって切り出したらいいかもわからない。

 悩みに悩んだ末、私がとったのは名付けて「匂わせ大作戦」である。

 手始めにリア垢でも公式とメンバーをフォローした。カモフラージュに最近好きな数組のバンドもフォローしておくが、こっちは別垢でちゃんとフォローしているのでそのままミュートする。さすがに突然リツイートまですると彼以外にもバンドのことがばれてしまうので今はしない。

 そしてもう一つ、LINEのプロフィール音楽を変えることにした。しかしここでまた難関のポイントがあった。

選曲が本当に難しい。YouTubeにMVが上がっている表題曲を選べば、もしかしたらそれなら知ってるよという人がいるかもしれないし、あんまり昔の曲にしすぎてもとっつきにくさのほうが上回ってしまうかもしれない。

悩みに悩んで特にライブでの演出が大好きな、一昨年くらいのシングルのカップリング曲にすることにした。変更したことをストーリーになんて絶対載せないので、チェックを外して決定。サイレント変更上等。

 ここまでやり遂げてようやくスマホを手から解放した。まだ少しドキドキしている。

こんな事今まで一回もやったことがない。桝田陸だけではなく、ほかの人だって見られる場所で、初めて彼らが好きであることがわかるような行為をした。

世那だって知らない。菜々子にも佐倉くんにも教えていない。

 ただただ、今まで話したことのない桝田陸たった一人に気づいてほしくて。




 匂わせに桝田陸が気付いているのかどうか、全くわからないまま幾日か過ぎた。

私的には一大決心をして実行した作戦だったのだが、世那がLINEの曲に気づいた以外に、案外なんともなかった。

 そしてとうとうツアーが始まった。記念イヤーの過去最大規模の会場を回るツアーはメンバーもスタッフさんも士気も高いのか、連日リハーサル関連のツイートが豊作だった。

友人のDMに返信している最中、公式が今日のライブ写真をツイートした通知が来たのでそれを押して見ると、あまりにも良い写真すぎて思わず目頭が熱くなった。

今日の会場は彼らにとってとても大事な場所だったのである。そこをツアー初日にするなんて最高!と声に出さず叫ぶ。こんなときに語れる人がいれば……と思ったその時、画面上部にもう一度通知が来た。

『陸さんがリツイートをいいねしました』

「ちょま、え、まって、うそ、なんで」

 いいねがつけられるようなリツイートをした記憶がなく、急いでプロフィール画面にいけば、しっかり件の写真ツイートが自分によっていいね・リツイートされていて頭を抱えた。まだRTはしないでおこうなんて過去の自分を早速裏切ってしまった。

しかし起こってしまったことは仕方がない、と強引に頭を切り替える。匂わせどころかダイレクトに伝わった。

さすがに、桝田陸は気づいただろう。あとは話しかけるだけである。

 そうとわかっていても、やはり無理なものは無理だった。わたしこんなにコミュ障だったっけ?と過去の友好関係総復習を行ってもなんて声を掛けたらよいか全く思いつかなかった。

 ツアーの日程は進む。

 結局、ファイナル当日を迎えても私は桝田陸に話を切り出すことができなかった。

しかし、会場についてしまえばそんなこと些細なこと。

事前物販に並び、開場までの時間をつぶし、整理番号の呼び出しが始まれば、一気に気持ちはライブに向くので単純だ。

 入場直前、会場の写真と「いってきま~す」という文字だけのストーリーを投稿し、速やかに電源を切った。思えば、このライブ前の独特の空気感にあてられて、周りにいる仲良しグループが羨ましくて、あと多少のどうとでもなれ、という精神状態だった。



 結論から言って、ライブは、それはもう最高だった。

記念イヤーの史上最多公演ツアーのファイナルが最高でないわけがないが、それでもやはり最高だったと再三言わずにはいられない。

なんといってもアンコールでの新曲披露とその流れでシングルをひっさげたツアー発表には思わず崩れ落ちるかと思った。冷めない興奮をドリンクチケットで交換した水でなだめながら会場を出る。

 入場時にまだ明るかった空はとっくに暗くなり、いつのまにか月が我が物顔で浮かんでいる。火照る頬を夜風がなでた。五月の夜はまだ寒いが、今の私にはちょうど良い。

 一緒にライブに来ていただろう二人組が私を追い抜いた。

いいなあ、やっぱりだれか気づいてくれないかなあなんて、さっきまでの一体感から急に一人取り残されたみたいで感傷的になってしまう。

私だって新曲めっちゃよかったね!ね~!、次のツアーどこ申し込む?遠征なんかもありだよね!なんて会話しながら帰りたかったな。

 駅について、乗る電車を確認し、母に帰宅予定時間を送る。すぐについた既読とOKのスタンプを確認してTwitterを開く。

流れる感想に全力の同意をしつつ、見つけたセットリストをもとにプレイリストを作成した。こんなにたくさん曲をやったのになぜあんなに秒で時間が過ぎたんだ?と毎度恒例の疑問を抱えながら脳内リピート配信を行う。

 入場前のストーリーへの反応がないか気になってインスタを開けば、DMの通知が1増えている。

まさかと思って確認すると、随分と返信をためてしまっている友人たちの会話ログを差し置いて一番上に表示されているのは、桝田陸のアカウントだった。

リアクションは拍手の絵文字のみだが、ライブ終わりのアドレナリン大放出な状態で、最高すぎたという感想を一人で抱え、新曲とツアーの発表という特大イベントを経た私はすべての段階をすっ飛ばしてこう返信していた。

 『め――――――――ちゃめちゃ最高だった!!!!新曲披露あったしツアーも発表された!!!!!』

 そしてこういうのは大抵送ってから冷静になるものである。まって、間違えた、やばい、インスタのメッセージって取り消せる?Hey,Siri助けて!

 必死に検索してたどり着いたページを高速で読んでいる途中、無慈悲にも返信の通知が来た。さすがの浮上率である。

『明日詳しく聞かせて』

 本日二度目の崩れ落ち未遂事件をここに報告します。



 あんなにはしゃいだライブの翌日。

絶対起きるのしんどいから遅刻しないようにしなきゃなんて数日前は思っていたのに、一体全体なぜなのか、教室に入ると誰一人としていなかったし、時計の長針はいつもより180度戻ったところにいる。え、これ時計あってる?

 スマホの時計を見てもいつもより30分ははやい。そういえばお母さんめちゃめちゃ驚いてたなとか、電車は人少なかったなとか、時刻以外のいつもと違う点を認識すれば、おのずと状況を理解せざるを得ない。

「早くきすぎた」

 別にいつ話そうとか、朝早く来てなんてまったく約束をしていないどころか、そもそもあのメッセージに返信すらしていない。

にもかかわらず、この浮かれように自分でも驚く。

とりあえず、カバンだけおこう、そしていつも早く来ているあの子のところに行こう、なんて思いながら自席に向かえば、一つだけカバンがかかっている席があった。

うそでしょ、だってここは。

「あ」

 その声に驚いて振り返ると、そこのいたのはやはりこの席の主。つまり、桝田陸だった。まじまじと顔を正面から見るのは初めてで、驚いた顔ウケるなんて場違いなことを思っていたら、次の一言に撃沈する。

「待ってた」

 そういってちょっと笑いながらこちらに向かってくる彼を見て、私は白旗を上げた。

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ある日、同級生が同じバンドのオタクだと気づいた話 夕希ゆき @yuukikayuki

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