第34話 幸せを願う家族達・4
分かっていたのよ。お父様はちゃんと私も、アザリアも、ネクセラリアも愛していた。そして同じ位、家の事も民の事も大切だったんだって。
私とネクセラリアが衝突した時も皆を守れる行動を取ろうとした。恐らくフレンヴェールを追放しなかったのもきっと――私を心配したからだろう。
私は不器用なお父様の愛を知ってる。お父様もきっと不器用な私の恋を知ってる。私がいない間に追放したり監禁したりしてしまってはその恋は二度と報われる事も綺麗に区切りをつけられる事もない――そう判断したのだろう。
私はそんなお父様の善意を台無しにしてしまった。だからこんな狂った状況になってしまった。
私にだって言い分はある。だけど私が取り乱した結果、この家が崩れてしまった事には変わりない。だからせめて侯爵としての役目を果たそう。この身がボロボロになろうとも――マリアライトの侯爵として恥じない人間にならなければ。
この状況は耐えきれなかった私の罪。お父様の代で家を終わらせるような不名誉をお父様に背負わせない。
私の決意の言葉を最後にお父様のテレパシーが途絶える。眠ってしまったのだろう。その寝顔は先程より穏やかに見える。
「……フレンヴェールは今離れ屋にいるの?」
マロウ伯に私と同じ罪を背負う男の居場所を問うと、マロウ伯は不安げに私を見つめる。その目には心配の感情が込められているのを感じた。
「え、ええ……ヴィクトール卿にお会いしてからずっと部屋で伏せっている状態です……時折狂ったように叫び声を上げているので一人で行かれるのは危険です。私も共に参りましょう」
一節前に私が癇癪を起こした事はきっと館の皆にも知られてしまっているのだろう。余計な心配をかけさせてしまっている事が酷く申し訳ない。
「いいえ。私ももう皆に情けない姿を晒したくはないし一人で行くわ……私が戻ってくるまで貴方はお父様の傍にいてあげて」
マロウ伯の中にヴィクトール様に対する怒りの感情があるのは私にも分かる。ヴィクトール様の逆鱗に触れては敵わない。今の状況でマロウ伯にまでいなくなられると困る。
1つ息をついて部屋を出ると応接間に通されたはずのヴィクトール様とその横にネクセラリアが立っていた。ネクセラリアがここまで連れてきたのだろうか?
「ウィスタリア姉様! もうお父様とのお別れは済んだのですか?」
ネクセラリアはこんな子じゃなかった――優しくて、可愛くて、無邪気で、我儘な妹はお父様の死を笑顔で語るような子じゃなかった。
(負の感情が無くなると、人はここまで異質な存在になってしまうのね……)
それを知った今、これまでこの子に幸せであれと願い常に幸せであるように仕向けてきた自分達の罪深さを思い知る。
「私はこれからラリマー家に行きますが、祝歌の日はこちらに来ますから安心してくださいね! もう私無理をしないで祝歌が歌えるから……!」
これがこの世界の厳しさを知ったネクセラリアが出した結論なのだろう。
ネクセラリアが幸せになるのなら――それがネクセラリアが選んだ選択なら私が何を言う義理も権利もない。ただ――
「ネクセラリア……私は貴方の苦しみに何も気づけなかった。可哀想だと思うばかりで、何もしてあげられなかった……ごめんなさいね」
「お姉様、もう気になさらないでください! だって私は今、幸せですもの。これからずっと幸せですもの! だからお姉様も幸せになってくださいね!」
私があの時、2人を見限って自分の次期侯爵としての立場を死守していれば、2人は幸せになれたのかしら?
分からない。分からないけど――分かった所でもう手遅れなのだ。ネクセラリアが今幸せだというのならそれでいい。だけど、フレンヴェールは――
微かに心が疼くのを無視してヴィクトール様に頭を下げる。
「ヴィクトール様……どうかネクセラリアをお願いします」
「はい。義姉上はマリアライト領をよろしくお願いします。何かあれば遠慮なく相談してください。アスター卿の事も」
ヴィクトール様に頭を下げると優しい声で返される。先程の私の態度は無かった事にされている違和感は無視できなかった。
「……ヴィクトール様は何故私にそこまで優しくしてくれるのですか? 婚約者を交換する行為は公爵の面子を少なからず潰す事になります。私達姉妹は貴方に迷惑をかけた上に、私は先程貴方に敵意を抱きました……それでも貴方はこの家の存続を認めてくれている。そして私が嫌だと言えばフレンヴェールを治してくれるとも言っている。こんな愛嬌も愛想もない私が貴方にここまでしてもらえる理由が分かりません」
その優しさが愛から作り出されている物ではない事を知っているだけに尚更分からない。
「……私は以前貴方を傷つけました。そして今、悪気はなかったとは言えその傷を抉るような真似をしてしまったのです。敵意を持たれてしまうのは当然だと思いますし今の貴方からは私に対する敵意が失せているのでもう気にしていません。それに妻だろうと義姉だろうと貴方が私の家族である事には変わりないのですから。家族に幸せであってほしいと思うのは至極当然な感情だと思うのですが、違いますか?」
なるほど、ネクセラリアを戻したら不幸になるから元に戻さない、私が不幸になるならフレンヴェールを元に戻してもいい――ヴィクトール様の思考は至極単純で、優しい。
その優しさは――愛から来るものではないのかしら? 男女の愛ではないかもしれないけれど家族としての愛――親愛が感じ取れる。
仮にそれが錯覚で親愛じゃ無かったとしても、ヴィクトール様の言葉は愛情籠もった言葉と同じ位染み入るものがあった。
「……そうですね。家族の幸せを願うのは当然だと思います……私を家族として受け入れてくださって、本当にありがとうございます……」
親愛だろうと責任感であろうとここまで迷惑をかけた私達を救おうと力を貸してくれる神様にそれ以上の言葉を紡ぎ出せないまま、館の外まで2人を見送る。
散々蛇に怯えていたネクセラリアが紺碧の大蛇に乗ってキャアキャアと楽しそうに空を飛んでいった。
お父様が、アザリアが、ネクセラリアが、ヴィクトール様が――皆、私の幸せを願っている。
私の幸せを願う祝福がまるで呪いのように心に絡みついて様々な感情が渦巻かせる中、私は離れ家の方へと足を向けた。
ねえフレンヴェール。貴方は今、どんな気持ちでそこにいるのかしら?
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