第31話 幸せを願う家族達・1
アザリアの結婚式から一週間後、ラリマー邸にアザリアがやってきた。
応接間にまで行く気力がなく、部屋まで通してもらうとベッドに横になっている私に対してアザリアはため息を付いた。
「お姉様……親子喧嘩も姉妹喧嘩もお姉様の勝手ですが私の結婚式と懐妊パーティーにまで来ないというのは酷くありませんか? コンカシェル様も会いたがってましたよ? 『ウィーちゃんの助言で目が覚めたってお礼言いたかったのに!』って……お忙しい身らしくお姉様がいないと分かるとすぐ帰られてしまいましたが……」
頭の中に4人の男をはべらかすコンカシェルが思い浮かぶ。
「コンカシェル……こんな事になるならコンカシェルに奪われた方がまだ良かったわ……何でよりによってネクセラリアなのよ……赤紫の男爵令息と青紫の子爵令息を落としてるんだから薄紫の伯爵令息が揃えば丁度いいじゃない……なんでそこで黄色の伯爵令息落として次に奴隷なのよ……訳が分からないわ……」
心の中で渦巻いた不満は宙に漂っていたようでまたアザリアがため息をつく。
「お姉様、心の声がダダ漏れです……お父様から事の詳細は聞いておりましたが、余程ショックだったのですね……まあ3年近くも様々な引き継ぎに励んでさあこれから……! という時に婚約者と妹に裏切られては流石のお姉様でも……心中お察しします。後、コンカシェル様は5人はべらかしてました。5人目は平民ながらに魔力の器と才に恵まれて魔物討伐を生業にしている旅人だそうです……本当にあの方は、恐ろしいお方です……」
今度あの子に会ったらよそのパーティーで奴隷や平民の男はべらかすのはやめなさいと説教した方がいいのかしら? 『時と場所に応じて2人までにしておきなさい』位は言った方がいいのかもしれない。
そうする義理がある訳ではないのだけど、どうせもうマリアライト家もフレンヴェールも関係ないのだから好きに言っても――そう思うと心が微妙に疼く。
(……本当にこのままでいいのかしら? マリアライト領は大丈夫かしら?)
「アザリア……今日は私に何を言いに来たの? 貴方にマリアライトを継ぐ気があるなら貴方になら引き継ぎしてあげてもいいわよ?」
あの時はカッとなってアザリアにもネクセラリアにも教えるつもりなんて無い、とは言ったものの実際そういう訳にはいかない。頭は自然とマリアライトの事を考えてしまう。
ネクセラリアはともかくアザリアとはちょっと目をつけていた男を取られた程度の禍根しか無い。
アザリアの魔力の才や能力的に全て引き継げるかは心配ではあるけれど、足りない分は私がフォローしてあげても――そんな私の思考を拒絶するかのようにアザリアは首を小さく横に降った。
「結構です。私はお姉様と違ってそこまで家に愛着がある訳ではありませんので。それにお父様から自分が死んだ後マリアライト家の財は全て処分してネクセラリアの生活費にあてろという遺言状を受け取りましたので」
「……遺言状……!?」
思わず身を起こしてアザリアを見据える。きっちり服を着こなしているアザリアを見た途端、自分のだらけ具合が恥ずかしくなり寝巻きを整え、髪を手櫛で梳いていく。そんな私に構わずアザリアは言葉を続ける。
「お父様は自分の命は後10日もないと仰っていました。私はお姉様にお父様の死に目に会ってほしくてここに来たのです」
「うそ……お父様、後2節は生きられるはずよ……!?」
「自分の生命力を前借りして一時的に健康を保つ禁術を私の結婚式とパーティーの為に使われたのです。きっと今頃館で伏せっておられるはずです。私もパーティーで少し体調を崩してしまい、こちらに来るのが今日になってしまいましたが、今から出られればまだギリギリ間に合うかと……」
そういうアザリアの顔色はうっすら青い。この子はいつだってそうだった。相手に対して嫌味は言うけど自分の弱音を吐かない。
ここで休んで活力が出てきたからだろうか? 自分の立場を認識した途端申し訳なさが襲ってくる。
「……お姉様、私はお父様の死に目に会って欲しいですがお姉様に侯爵になってほしい、とは思っておりません。侯爵家など大魔道具が使える家なら何処の家でも良い訳ですし、これを機にお姉様が楽になられるならそれで良いと思っております」
「そんな訳にはいかないわ、マリアライト家の呪術は絶やしてはいけない……!!」
アザリアの言葉に思わず反論するとアザリアは困ったように微笑み、私に薄紫の封書を差し出した。
「呪術などお姉様がここで見込みのある人間を見つけるなり適性のある者を皇家に用意してもらうなりして教えれば良い……何もマリアライト家が呪術を引き継ぎ続ける必要はないのです」
アザリアの無情な言葉が耳を通り過ぎながら、震える手で封書を開くと何枚もの便箋が入っており、そこにはお父様の字で、アザリアの言う通り自分が死んだ後のマリアライト家について事細かに書かれていた。
最後の1枚にはアザリアに私とネクセラリアを見守ってほしい旨が綴られ、そして――
<ウィスタリアには『私が生き急いでしまったばかりに何も気づけぬ父で本当に済まなかった。どうか私の意志にとらわれず自由に生きろ』と伝えて欲しい>
その文言を理解した時、自然と涙がこぼれ落ちた。
違う。違うのよお父様。私はお父様の意志にとらわれて侯爵になろうとした訳じゃない。
お父様が守る、音楽と平和に包まれた美しいマリアライト領が大好きだったから。だから私も守りたいと思って、だけど――
『マリアライト、マリアライト……お父様は私よりも家が大事なのですね?』
その言葉を受け止めてお父様は家を捨てようとしている。
「……お姉様、手紙を送って反応を待っている時間はもうありません。どうか……」
確かに、ここからウェノ・リュクスまでは2日半かかる。すぐにでも出ないと――立ち上がってクローゼットから紫色のワンピースとケープを取り出す。
「お姉様……お姉様はどう思ってるのか知りませんが、私もお父様もお姉様を愛しています。お父様も私もけして愛想が良い方ではないので伝わりづらかったかも知れませんが、それはお姉様だって同じだったではありませんか。私もお姉様もお父様も皆……皆不器用すぎたのです」
アザリアはバツが悪い表情をしてフイッと顔を背けた。『言わせないでよ、恥ずかしい』と言わんばかりの表情に、ふと笑いがこみ上げてくる。
不器用すぎた――そうね、確かに皆不器用すぎた。でも私はお父様の愛は感じていた。アザリアの分かりづらい思いやりも分かっていた。
流石にお父様の死に目にまで不器用拗らせてはいられない。
アザリアが私の行動を察して部屋を出ようとドアを開くとヴィクトール様が立っていた。丁度ノックをしようとしていた所だったのか、胸元にあった手を下げる。
「ああ、アザリア嬢……いえ、これからはお二方とも
ヴィクトール様の不穏な一言に和やかだった空気が一気に凍りついた。
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