第11話 末妹の役目


「お父様とお姉様とフレンヴェール様だけでパーティーに行ったなんて、ズルい……! 私も凄くお美しいって評判のコンカシェル様、一度見てみたかったのに……!」


 どうやらネクセラリアは遠方の視察に私付きのメイドのサロメまで行ったのはおかしいのではないか? と疑問に思い、メイドや従僕達にしつこく聞き回った所観念した誰かがバラしてしまったらしい。


「そう拗ねるなネクセラリア……もうじき祝歌の日じゃないか。その日はお前が主役だ。私達は祝歌の日を前にお前に体力を消耗してほしくなかったんだ」

「……本当?」

「ああ、本当だとも。私も民も皆、お前の渾身の気持ちと魔力を込めた祝歌が聞きたいんだ。馬車旅はとても体力を消費するからな。お前の体が持たないと思ったんだ。なぁフレンヴェール君?」

「そうですね、他領で行なわれるパーティーというのは大人の男でも気疲れするものです。まして馬車旅となると……今すぐにでも横になって休みたい位です」


 お父様は少し中腰の体勢になり、ネクセラリアと視線を合わせて優しく説得する。普段私に淡々と接するお父様の『優しい父親らしい一面』は見る度違和感しか無い。今のフレンヴェールの気さくな言葉も。


 皆何故私にはそんな風に接してくれないのかしら? という心の疑問は『今はネクセラリアに特段気を使わなけれならない時期だから』と頭の回答で自己解決する。



 そう、祝歌の日――マリアライト領で年に一度、大魔道具の前で『領地に生きる者全ての幸せを願う』歌や曲を歌い奏で、領土全域に響かせる日が近づいている。

 この日に合わせて多く領の全都市で大小様々なお祭りが開かれる、マリアライト領内の一大イベントだ。


 お父様はお母様が亡くなられた年、『今の自分には祝歌は到底奏でられない』と母親の死に全くショックを受けていないネクセラリアに歌わせた。


 あの夢の日――偶然ネクセラリアの祝歌を聞き、才能を見出したお父様はその日以降ネクセラリアに歌の教師をつけ、お父様自身もネクセラリアに祝歌を教えた。


 ネクセラリアにとってお母様の死が『お父様やお姉様にとって大切な人が亡くなった』だけでしかなかったのも功を奏した。

 元々体が丈夫ではなかったお母様はネクセラリアを産んだ後自分の余命を悟り離れ屋に移動し、ネクセラリアとは極力接点を持たなかった。


『もうすぐ死ぬのが分かってるのにあの子に愛を注いであの子に大きな傷を与えるのは可哀相でしょう? ウィスタリア、どうか貴方が私の分までネクセラリアを愛してあげて』


 そう言ってお母様は体調の良い日はベッドの上で小さなぬいぐるみを作り、死ぬ前に父様と私とアザリアとネクセラリアと――自分以外の家族全員分のぬいぐるみを作り終えた頃、静かに亡くなった。


 だからネクセラリアは母親の愛を知らない。だからこそあれだけ綺麗に人の幸せを願う歌をずっと歌い続ける事ができたのだ。お父様の幸せを、お父様の大切な人の幸せを――


 そんな可哀想な彼女の――魔力を込めていなくても誰もが聞き惚れるような声に何不自由なく暮らす彼女の幸せが込められた魔力を乗せた歌は予想以上に魔物の心を鎮め、民の支えになったようで翌年もネクセラリアの祝歌を希望する者が多く、毎年ネクセラリアが歌うようになった。補助として添えられるお父様のピアノも相まってネクセラリアの祝歌が流れる日はマリアライト領を訪れる観光客も倍に増えたらしい。


 領土に幸せと平和をもたらすネクセラリアの存在は本当にありがたいと思っている。だけどただただ箱庭の中で幸せを享受し、その幸せを年に一度領地に振りまくだけの存在――それを考える度に感謝以上の悲哀の念が心を襲う。


 祝歌の日に歌う事だけがネクセラリアに課せられた役目――でもそれもけして簡単な役目ではない。途中で何度か休憩が入るものの、朝の9時から夜の21時までの間約10時間程歌い続けることになる。とても大変な役目だ。


『お前の歌は負の感情が出すぎる……まあネクセラリアがいるからお前が無理に主軸になる必要はない。お前はお前の好きな楽器でネクセラリアをサポートしろ。』


 お父様にそう言われて私は歌うのを止めた。そしてその悔しさを昇華させんばかりにフレンヴェールが教えてくれるフルートに夢中になった。


『ウィスタリア様はハープよりフルートの方が向いているようですね。』


 そんな細やかな言葉がきっかけ。お父様が教えてくれるピアノも好きだったけれど物が大きい分弾ける場所が限られる。ハープは弾くよりフレンヴェールが奏でているのを聞いているのが好きだった。


「フレンヴェール様も姉様も傍で聞いてくださる?」

 機嫌を直しかけているネクセラリアの言葉に我に返り、これ幸いと笑顔を向ける。


「もちろんよ。私もフルートで一緒に……」

「いいえ、お父様もいつまでピアノが弾ける状態か分からないから……それに姉様はこの6年間ずっと学院にいて私の歌を聞いてないでしょ? だから今年は姉様に聞いていてほしいの! 来年から一緒に演奏してね!」


 そう言って笑うネクセラリアは機嫌を直したように自分の部屋へと戻っていった。


 お父様のピアノが来年も聞けるか――それを心配しているのだろう。後3年って言ってたからまだ心配せずとも、と思ったが恐らくお父様はネクセラリアにそれ余命を伝えていない。


 ネクセラリア自身何かを感じとっているのかもしれない。お父様が亡くなられた後の未来を思うとまた何とも言えない不安がよぎった。



 お父様も祝歌の日に備えて大魔道具への魔力の装填とピアノの調律と指慣らしに時間を取っている間、私の時間が空いた。だからといって自由を謳歌する余裕もなく、部屋でこれまで教えられた帝王学や経営学の復習をしていると、微かにハープの音が聞こえてきた。


(そう言えば、再会してからまだ一度もフレンヴェールのハープを聞いてないわね……)


 時間があれば奏でてくれると約束したけれど、お互い忙しくて中々そんな時間が取れ

ない。そう思うと今の聞こえたハープの音色すら恋しくなって出どころを探る。


 聞こえてくるのは開けてある窓から――そう思って窓から身を少し乗り出してみるけれど外で誰かが奏でている様子はない。


 他に開いている窓からこちらの窓に聞こえてきていると考えるのが自然だろう。今窓が開いているのはここと――ネクセラリアの部屋だ。


(ネクセラリアの部屋で誰か演奏してるのね……私も一緒に聞かせてもらおうかしら?)


 滅多にない自由時間だもの。少し位息抜きに使って気分転換するのもいいわ――そう思ってネクセラリアの部屋をノックするとハープの音色がピタリと止まった。


 ドアが開けたのは小さな竪琴ハープを持ったフレンヴェールだった。。


「あら……フレンヴェール、もしかしてネクセラリアにハープを奏でていたの? 是非私も聞きたいわ」

「すみません、もう時間がありませんので……」


 柔らかい笑顔で一礼してフレンヴェールが去っていく。ネクセラリアの方を見るとちょっと困ったような顔で私を見つめていた。


「姉様、何でしょうか?」

「ハープの音色が聞こえたから……とても綺麗な音色だから誰が弾いているのかしら、と思ったのよ」

「フレン……ヴェール様が奏でてくれたんです。私が祝歌の日にリラックスできるようにと」

「そう……良かったわね」


 ちょっと言いづらそうに微笑むネクセラリアに何となく罪悪感を覚える。私がドアをノックしなければもう少し聞けたのかしら?


 ――でも奏でる時間があるのなら、ずっと前に約束していた私の方にも来てくれたって良かったんじゃなくて?


(……私、やっぱりフレンヴェールに嫌われてるのかしら?)


 よぎった不安は思った以上に重く、それ以上考えないように首を振った。


(フレンヴェールは私が忙しいと思っているのかもしれない。ネクセラリアはいつでも時間があるし……)


 祝歌の日まで、10時から12時までは空いてるわ――なんて言って、それで来てくれなかったら――


 あるじとして『聞かせろ』と命令すればフレンヴェールはきっと『かしこまりました』と奏でてくれる。


 でも、そうじゃない。そうじゃないのよ。私が聞きたいのは――


(……本当駄目ね、私……)


 結局、フレンヴェールには何も言い出せず。祝歌の日まで天気が良い日は窓を開けていたけれど、その日以降ハープの音色は聞こえてこなかった。


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