第8話 神を宿す主


 お父様とフレンヴェール、そして私のメイクや身の回りの世話をする為にサロメを連れてウェノ・リュクスを出発する。


 途中途中で休みながら2日かけてノウェ・アンタンスに到着すると予約しておいた貴族用の宿ホテルの部屋に入り、控えめにレースやスパンコールを縫い付けた濃い紫色の床に触れるか触れないか位の丈のスレンダーなドレスを身にまとった後サロメにメイクを施される。


 学院を卒業して領地に帰ってきて良かった事は人に化粧してもらえる事。メイドは徹底的に主とその場に合ったメイクを心がけ、自分でメイクするより余程綺麗に自分にふさわしい感じに仕上げてくれる。


 鏡の向こうにいる自分がどんどん威厳を帯び始めていく。美人や美女のカテゴリには入ると思うがやはり可愛らしさなど微塵もない。


 自分が(こんな感じになりたい!)と思ってするメイクと自分に似合うメイクは別。分かってる。分かってるけど――自分がなりたいと願うものにはなれないのだなという寂しさも感じる。


 可愛らしいドレスも、メイクも、自分には似合わない。男がどうこうではなく単に自身が憧れるドレスすら着る事が許されない自分の顔立ちや体型――背の高さを自嘲する。


 メイクを終えると既に準備を終えて馬車で待っているお父様とフレンヴェールの元へと急ぐ。


「お綺麗です、ウィスタリア様」


 フレンヴェールはそう言って微笑む。この馬車の中は皆婚約の事情が分かっている者ばかりなのでここで賛辞を述べる必要はないのに。そういった彼の素の優しさが時折心に染み入る。


「ありがとう、フレンヴェール。貴方も素敵だわ」


 「お綺麗です」「ありがとう」――その細やかな言葉のやり取りがどれほど私の心を潤おしているか、フレンヴェールは知らない。その事に少し寂しさを覚えて1つ息をついて座ると真向かいに座っているお父様に少し違和感を覚える。


 これまでの馬車旅で何度か咳をしていたお父様の喉元にうっすら魔力を感じる。恐らくパーティーの場で咳が出ないように強制的に咳を止める術をかけているのだろう。


 馬車が動き出し外の景色がゆっくりと変わっていく中、お父様が少し言い辛そうに言葉を紡ぐ。


「今回のパーティーにはもしかしたらラリマー公爵……ヴィクトール様も来られるかもしれん。お前はあの方に会うのは初めてだろうが、フレンヴェール君はどうだ?」

「確か、ヴィクトール様は先代のご令孫ですよね?先代にはご挨拶させて頂いた事がありますがご子息やご令孫にお会いした事はありません」


 お父様の問いかけにフレンヴェールが首を横に振るとお父様は残念そうに息をついた。


「そうか……ヴィクトール様は確かに、先代が亡くなられると同時に爵位を継がれて社交界に出てこられた方でな……私もあの方の人となりはよく分からんのだ。親交を深めようとはしたのだが常にあちこち魔物討伐に飛び回っておられる上に、こういったパーティーで接点を持とうにもいつも夫人のエリザベート様にさえぎられ……あれから5年も経つというのに未だどういう人物か掴めん。君が知っていればと思ったんだがな……」


 この国の貴族達は5つの爵位に分類される。上から順に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵――伯爵家以下の違いは財力や家の繋がり、土地の有無などが複雑に関係して必ずしも上下関係が爵位通りとはいかない。けれどそれより上の地位にある公侯爵家においてはそれぞれに決定的な線引がある。


 特に、皇国に存在する6つの公爵家においては表面上皇家の下にいるが事実上は対等の関係とさえ言われている程に権力が強い。


 それは何故か――簡潔に言うと公爵は青、赤、緑、黄、白、黒それぞれの色の神、通称『色神しきがみ』の加護を受け、神器と呼ばれる神がかった力を宿す武器を奮い、その身一つで凶悪な魔物や大きな災害、敵国の攻撃から領土と民を守る――まさに神の化身と言っても過言ではない程人並み外れた存在だからだ。


 しかも公爵の持つ魔力の色が微塵でも変わると色神の加護が失せると言われており、その色を変わらずに子に引き継がせていく限り公爵家は貴族の頂点にある事が永久に許されている。


 そんな圧倒的な力と権力を持つ6つの公爵家の中でも白黒以外の『有彩公爵』と呼ばれる4つの公爵家は皇都を中心に東西南北に分けられた広大な地方の統治を任されており、それぞれ2つの侯爵家と協力して統治している。


 その中の西――ウェスト地方を治める我らが主、ラリマー公爵家は青の象徴である紺碧の大蛇アズーブラウの加護を宿す。突然現れた人間でも紺碧の大蛇の加護があるなら間違いなく公爵であり、仕えるべき主なのだ。


 お父様もそれは重々分かっているようで、訝しんではいるもののヴィクトール様の出自を疑うような事は言わなかった。


 皇国の辺境を統治する侯爵家は公爵には使えない大魔道具を操作できるという利点があるが、それは必ずしもその家でなければならない、という訳では無い。

 例えば一目で紫色、と言えるような色の魔力を持つ者であればマリアライト家が管理している大魔道具を扱える。侯爵家はいくらでも替えが利くのだ。


 だからもし公爵から『お前が気に入らないから侯爵家を変える』と言われてしまったら降りなければならない。もちろん侯爵家を変えるのはそれなりに手間や負担もかかるから、余程の事をしでかさないかぎり恐れている事にはならないけれど――


(まだお会いした事のない我らが主、ヴィクトール様……もしお会いしたら絶対に失礼が無いようにしないと……)


 爵位継承パーティーは街全体で行なわれているのか、日が落ちかかっているのになお街全体が賑やかなお祝いムードに包まれたアルマディンの街並みを眺めながら私は自分の気持ちを引き締めた。



 馬車に乗って10分も経たぬ間にアルマディン邸に到着する。マリアライト邸は2階建ての落ち着いた雰囲気の館だけど、今私の目の前にはそれとは全く系統の違う、まるで要塞のような桃色レンガの豪邸がそびえ立っていた。


 庭も広くあちこちに馬車が止まり、5階立てのと思われる要塞の屋上や空には飛竜が十数匹行き交っている。アルマディン領は攻撃的な魔物が生息する地域が多いから安全の為に飛竜も交通手段として利用しているらしいけど、これは――凄いわね。


 空に飛び交う十数の飛竜の群れに少しばかり感動しながら要塞の入口に入ると、すぐに広大なホールに迎え入れられる。ホールでは既に多くの紳士や貴婦人が飲み物片手に会話を楽しんでおり、朗らかな雰囲気が漂っていた。


 私はまずパーティーの主役であるコンカシェルに挨拶しようと彼女の姿を探していたけれど、お父様は別の人物を探していたようで私に小さく呼びかけた後、その人物の元へと歩き出した。


 赤や橙、薄桃色や暗い赤など、暖色系の髪色やタキシード、ドレスを纏う男女が多い中でお父様が目指す先には腰までかかった空色のケープを羽織り青のジャケットに身を包んだ寒色の紳士が一人、桃色ワインを片手に静かに立っている。


「ヴィクトール様、お久しぶりです。マリアライトのウィルフレドです。こちらは娘のウィスタリアと婚約者であるアスター伯爵家のフレンヴェールです」

「お初お目にかかります、ヴィクトール様。ウィスタリア・フォン・フィア・マリアライトと申します……宜しくお願いします」


 挨拶するなりすぐにお父様とフレンヴェールが頭を下げた後、私もカーテシーをして顔をあげると、ヴィクトール様は真っ直ぐにこちらを見て微笑んでいた。

 

「これはどうもご丁寧に……ヴィクトール・ディル・ドライ・ラリマーです。こちらこそ宜しくお願いします」


 柔らかい笑顔の紳士は目を細めてお辞儀を返す。目下の者に対してわざわざお辞儀を返してくれるなんて――随分と腰が低い印象を受ける。

 そして前ラリマー公爵と同じ、アイスブルーの髪と瞳は綺麗だけれど――何かしら? 少し人とは違うような――何とも言い難い違和感を感じる。


(公爵は皇国に永遠の安寧をもたらす色神を宿す者……神のような存在だから常人離れしていてもおかしくはないのだけど……)


「ヴィクトール様……本日はエリザベート様はご一緒ではないのですか?」


 お父様が周囲を見回しながら伝えると、ヴィクトール様は表情一つ変えずに言葉を返す。


「ええ、大分体調が悪いようでしたので。私ももう1人でパーティー位出られますからと置いてきました。何か問題ありましたでしょうか?」


 その言葉全体に違和感を覚えたのは私だけではないだろう。お父様も一瞬表情を強張らせたものの、すぐに幸いと言わんばかりに表情を緩ませる。

 ここから先、私はあまり発言しない方が良いわね、と思いながらお父様を見守っていると、背後から肩をトン、と突付かれた。


「ウィーちゃん、久しぶり!」


 聞き慣れた声に振り返ればこのパーティーの主役――桃色のフリルやレース、リボンをふんだんにあしらった、とても可愛らしいドレスを身に纏ったコンカシェルがそれぞれ赤紫と青紫を基調にしたタキシードに身を包むモーベット卿とヴォルテール卿、そして3人目の夫らしきを淡黄色のタキシードに身を包んだ金髪の青年を従えて満面の笑顔を浮かべていた。


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