第7話 不穏な感情に蓋をして


 アルマディン侯爵の急死は特段驚くようなものではなかった。


 あの辺りは酒だの煙草だのといった体に負担を与える娯楽に抵抗がない上に自らの体調も顧みない人間が多いと聞く。特にアルマディン侯爵は大酒飲みのヘビースモーカーとして有名だった。

 筋骨隆々で義足の戦士と唄われる程、武芸に秀でた名君――どんな戦いで片足を失ったのか気になってコンカシェルに聞いた事がある。


 『あの……あのね、恥ずかしいから周りの人には絶対言わないでほしいんだけど、お父様は私が産まれた時、喜び勇んで酔っ払って館の屋上から落ちて足を折っちゃったらしいの……男の人って本当お馬鹿な人多いんだけど、お父様は特にお馬鹿だから本当に困っちゃう……!!』


 本当に恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてそう話していた一人娘のコンカシェルは大丈夫かしら――とかつての同級生に同情していた折、その本人から爵位継承パーティーの招待状が届いた。3人の夫のお披露目も兼ねているという。


 私もお父様から引き継ぎを終えて爵位を継承する際はパーティーを開くし、フレンヴェールと結婚してお披露目するのもそのタイミングになりそうだ。だから爵位継承もお披露目も別に良い。が、問題は夫の数だ。


(『3人』ってどういう事……!?)


 ただでさえ一夫多妻に比べて一妻多夫は珍しいのに同時に複数の配偶者をお披露目するなんて前代未聞の珍事である。っていうか3人って。招待状には花婿の名前も書いてあるけれど、学生時代の彼女の取り巻きだった2人の他に私が知らない人が混ざっている。


 呆れて物が言えない状態でそのまま手紙を読み進めると、最後に<ウィーちゃんとウィーちゃんのお父さんとウィーちゃんの婚約者に会えるの楽しみにしてるね♪妹さんも連れてきていいよ!>と可愛らしい字で書かれていた。

 同情して損した気分にさせられる中、どうしたものかと頭を悩ませる。


「……アルマディン女侯とはこれから長い付き合いになる。このパーティーには出ない訳にいかん」


 お父様もその手紙に目を通したけれど物申して欲しい部分には一切触れず簡潔な一言を言うに留まり、数週間後にコンカシェルがいるアルマディン領の主都ノウェ・アンタンスまで向かう事が決まった。


 アザリアは学院、ネクセラリアは体が弱いから往復で4泊5日の馬車旅は荷が重いという理由で連れて行かない。だけど『パーティーに連れて行かない』なんて言うとネクセラリアを悲しませる事になる。

 結果、遠方への視察という言い訳で誤魔化す事になった。


「最近ネクセラリアは私に対してどうも反抗的でな……お前とフレンヴェール君が伝えに言ってくれないか?」


 14歳という年齢やなかなか自由に外に出かけられない窮屈感を考えればお父様に反抗的になるのは仕方ないかもしれない。

 疲れたようにため息をつくお父様に反論する理由もなく、フレンヴェールを従えてネクセラリアの部屋へと赴く。



 薄紫を基調にした部屋はフリルやレース、リボンをあしらった可愛いカーテンやベット、テーブルクロス等に包まれて非常に愛らしい雰囲気を作り出していた。


 ベットの枕元には可愛らしい人形ひとがたのぬいぐるみもその雰囲気を作り出すのに一役買っている。年数を感じさせる程色あせたぬいぐるみはお父様と私達3姉妹をかたどったもの――お母様がネクセラリアに唯一残した形見だ。


 見る度に配置が変わったりしているから今なお大切にしてくれているのだろう。その事に温かみを覚えつつネクセラリアに遠方への視察の事を告げると、ベッドに深く塞ぎ込んでしまった。


「私もお父様やお姉様のお役に立ちたいのに……」


 そう落ち込むネクセラリアに胸を傷ませ、どのような言葉をかけるか考えている間にフレンヴェールがネクセラリアに跪く。


「ネクセラリア様は十分役に立っておられますよ。貴方のその笑顔にお二人がどれだけの人が救われている事か……貴方が健康で幸せである事がお二人の幸せなのです。どうかそんな風に悲しまないでください」

「……本当?」

「ええ」


 フレンヴェールの優しい言葉とその雰囲気にネクセラリアは機嫌を直したようで蕩けるような笑顔を浮かべる。良かった、癇癪起こされなくて。


 この館に帰ってきて数節――ずっと家で過ごす事でアザリアが懸念していた事が分かるようになってきた。反抗期、という点を考慮してもネクセラリアはちょっとした事で機嫌を損ねる傾向がある。


 特にここ最近は私がお父様を独占している事が面白くないようだ。反抗期な割にお父様が自分以外の誰かに目をかける事が酷く気に入らないような、そんな印象を受ける。お父様を独占していると言っても侯爵になる上での必要な業務に関する勉強だったり呪術の継承だったりで、一切甘えてる訳ではないのだけれど。


 幸いフレンヴェールが説得すると聞き分けが良い。だからお父様も2人で行けと言ってくれた訳だけど。


 私だけで伝えるとどうしても(もう少し現実を、私達の事情も分かってほしい)という感情が前に出てしまう。ネクセラリアを傷つけてはならないと分かっているけれど姉という立場は(妹をこのまま甘やかすだけでいいのか?)という葛藤も生じさせる。


  納得したネクセラリアを部屋に残して、フレンヴェールと廊下を歩く――と言っても隣り合って歩くのではなく、フレンヴェールは私の三歩後ろを歩いているのだけど。


「貴方がいてくれて助かったわ。私はどうにも優しくなだめるって事が出来なくて……ちょっと責めてしまうのよね。貴方の話し方を見ていると見習わなきゃなって思うわ」

「お役に立てて何よりです」


 振り返ってそう言えば私にもフレンヴェールは柔らかい笑顔で向けてくれる。が――


「ただ……失礼ですが確かにウィスタリア様の話し方には少しばかり棘があるように思います。私やウィルフレド様はそういう方との会話にも慣れておりますが、あまり人と接点がないネクセラリア様にはもう少し優しく言う事を心がけた方が宜しいかと」


 変わらぬ笑顔で言っているようでがあるがその目は笑ってはいない。表面上けして態度には出さないがその言葉はグッサリ心に刺さる。


(たまにこうして棘差してくるのが玉に傷なのよねぇ……本人が見習わなきゃなって言ってるんだからもう少し、もう少し位ネクセラリアに対するみたいに優しい言い方してくれても……)


 と思うのだけど、何でもハイハイと肯定しかしない人間よりは思う事を言ってくれる人間の方が自分の為になるのは確かだ。

 こうして人から指摘されるレベルで私の喋り方には問題があるのだ。気をつけなければ。久々にパーティーに出るのだから尚更。


(パーティー……ネクセラリアは連れて行かなくて済んだけど、フレンヴェールは連れて行かざるをえないのよね……)


 数週間も前から招待されているパーティーに館で従事している婚約者を連れて行かなかったら何かしら勘ぐられてしまう。


 ただ、フレンヴェールを連れて行くのには1つ懸念がある。


 (まさかとは思うけど、コンカシェルに惚れないわよね……?)


 彼女がいつもはべらかしていたのはモーベット卿とヴォルテール卿の2人だけ。だけどコンカシェルを慕い想う男子はそれ以上に多かった。下手したら学院の男子の半分位は彼女に対し淡い恋心を抱いてたのではないだろうか?


 その分女子の恨みも買っていたから一概に羨ましいとは思わないけれど――問題はコンカシェルの立ち回りだ。


『モーベット君はフラレてるのを見て可哀想だなって思って励ましたら好かれちゃって、ヴォルテール君は親との関係に悩んでるのを見て可哀想だなって思って相談に乗ってあげてたら好かれちゃって……』


 2人のまるで崇拝するかのようにコンカシェルを見つめる熱い眼差しには時として恐怖すら感じる事があった。恐らく彼女は可哀想な男に対して異様に観察眼が鋭い。そして男の心の傷に入り込むのが恐ろしく上手い。


 メヌエット嬢にフラレた傷が未だ癒えず、私にも5歩位引いた態度を取っているフレンヴェールの心の傷を見抜いて入り込もうとするのではないか――


(まさかね……あの子は私の婚約者に手を出すような子じゃないわ。フレンヴェールだって3人も夫がいる相手に心奪われるような人間じゃないはずよ。冷静になりなさい、ウィスタリア。そもそも夫のお披露目パーティーで他の男にちょっかいかける女なんていないわ)


 そう自分で言い聞かせてみるも嫌な予感が拭えないまま日は過ぎていき――パーティーの為に館を出発する日が来た。


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