第25話 末妹が抱えるもの・1(※ネクセラリア視点)


 大きなお家にたくさんの従者、素敵なお部屋に広くて美しい庭園、そして美味しい食事に可愛いドレスやアクセサリー。


 絵本や物語の中にいるお姫様と私はほとんど同じ生活をしている。


 そう――私は綺麗に飾り立てられた大きな箱庭で周りからとてもとても大切に育てられた、お姫様。


 だけど、私と絵本や物語の中のお姫様とは1つだけ違う所があるの。私はという事。

 皆が私の機嫌を伺うのは私が幸せである事を望んでいるから。だから私も頑張って幸せであろうとするの。


 私がお願いしたらお父様は大抵の事を叶えてくれる。お茶会がしたいとかアレがほしいとか、コレが食べてみたいとか。


 でも叶えてくれないお願いもあるの。他の領地に行ってみたいとか、お姉様達が通ってる学院に通ってみたいとか、うちで開かれる以外のパーティーに出てみたいとか――そういうお願いは『お前には外の世界は汚すぎる』なんて言って叶えてくれないの。


 変なの。外に出て身が汚れる訳でもないのに。もし汚れてしまったらお風呂に入って着替えればいいのに。お願いを叶えてくれたら私の中のモヤモヤは消えてくれるのに。


 モヤモヤと言えばね、ずっと心に残っているモヤモヤがあるの。子どもの頃、アザリア姉様が身につけていた紫水晶のブローチがキラキラ輝いていて、とても綺麗だったからアザリア姉様に欲しい、ってお願いしたの。

 でも断られたの。私悲しくなってお父様にお願いしたの。アザリア姉様がつけてるブローチが欲しいって。


『貴方が羨ましいわネクセラリア。人の物を奪っても許される子なんて滅多にいないのよ?』


 アザリア姉様はそう言いながら、そのブローチをとても嫌そうな顔で渡してくれたの。


 どうして笑顔で渡してくれないの? アザリア姉様は私に幸せであってほしいくせに何で私を不快にさせるような事をするの?

 綺麗だと思っていたブローチが途端にどうでもいい物になって館の裏に投げ捨てた。だってそのブローチを見る度にアザリア姉様の言葉を思い出して嫌な気持ちになるじゃない?


 そのブローチを素直に渡してくれたなら、私はちゃんと幸せだったのに――そのモヤモヤを思い出す度にイライラが募ってくる。抑えなきゃいけない、私の不幸。


 モヤモヤはそれだけじゃない。そんな嫌な事があってもの。幸せを阻害するものはいらないの。


 お父様の為に、お姉様達の為に、マリアライト家の為に――この領土で暮らす皆の為に。


 幸せであるように求められるようになったのはいつの頃からだったかな?


 そう、あれは幼い頃――いつもとても綺麗な歌を歌うウィスタリア姉様がその日に限って酷く切ない歌を歌われて、ウィスタリア姉様を少しでも励ましたくて見様見真似で初めて祝歌を歌ったあの時から。


 その時から私は皆から幸せでいるように強制された。生きとし生けるもの皆、平和で幸せであってほしいと願いを込めて――私の中に溜まっていく暗いモヤモヤを必死に押し潰して歌を歌うようになったの。


 別にそれはいいの。皆が私の歌を聞いて喜んでくれるから。嬉しいから皆の為に歌うの。だけど皆のモヤモヤは消せても、私自身のモヤモヤは消えてくれない――そんな私のモヤモヤに気づいて声をかけてくれたのがフレンだった。


『皆が貴方の歌は綺麗だと褒め称える。ですが私は貴方は辛い心を押し隠して皆に望まれる歌を歌っているのではないかと心配で……辛い事があれば何でも話してください、ネクセラリア様。私は貴方の力になりたい。貴方の心を癒やしたいのです』


 隠してるから気づかれないと思っていたモヤモヤに初めて気づいてくれた、そして怒るどころか癒やしたい、って言ってくれた優しくて素敵なフレンの事が大好きになった。


 フレンにそう言われてから、フレンが馬車から姉様達に教える部屋に入るまでの行きと帰りの短い距離をフレンと歩くようになった。姉様達は他の教師からの授業や準備があるから一緒には来れない。


 部屋と庭園を抜けた先の馬車までの数分程度の短い時間、フレンは私がその時その時抱えていた悩みを聞いてくれた――それは私とフレンの大切な時間だった。


 お父様が構ってくれないとか、お姉様達がマナーにうるさいとか、私は幸せでいなきゃいけないとか――そういう事を吐き出した日はフレンが姉様達に楽器を教えた後、たまにハープを奏でてくれるのが心地よかった。


 姉様達が優しいフレンに楽器を教えてもらってるのが羨ましかった。いつか自分もフレンに楽器を教えてもらえる――そう思っていたのに、優しいフレンが婚約したと聞いた時は涙が出た。

 私のモヤモヤを理解してくれる人が遠くに行ってしまって、もう会えなくなってしまうのが悲しかったから。


 フレンが来る最後の日の見送り、私は自分の寂しさをこぼした。


『私の辛さを理解してくれるのはフレンヴェール様だけだったから凄く寂しい』

『私は誰の夫になっても何処にいても、ずっとネクセラリア様の味方ですよ』


 そう言って寂しそうに笑うフレンを見送った。お父様に私がフレンと結婚したいと泣きついたけれど聞いてもらえなかった。当時の私は8歳だったからお父様が聞き流すのも当然だけど。


 フレンが来なくなって数節程やり取りしていた手紙は『婚約者がおられる方に手紙を出し続けるのはマナー違反。相手の方に迷惑です』と何番目かの家庭教師の人に言われた。この人嫌い、ってお父様に言ってその日のうちに辞めさせたから、もう名前も覚えていないけれど。


 『相手の方に迷惑』という言葉だけがしっかり私の心に残って楽しい手紙のやりとりは楽しいものじゃなくなって、手紙を書かなくなった。

 向こうからも来なくなった。本当に迷惑だったのだろうと思うとまたモヤモヤが濃くなった。


 だけどそれはフレンに婚約者がいるから。それは仕方のない事――受け入れなければならない事。

 そう言い聞かせている内に私にとってフレンはたまにモヤモヤに困らされた時に思い出してその温かな想い出に縋る、私の大切な宝物になった。


 そのまま接点がなく過ぎ去ってくれれば良かったのに――私が14になった年、ウィスタリア姉様がフレンと婚約した。

 それを聞かされた時はお父様に何故ウィスタリア姉様なのかと詰め寄った。何故自分では駄目なのかと聞いた。


『ウィスタリアには今相手がいない。これから侯爵の引き継ぎを始めれば20歳は過ぎる。女は子どもを宿している間は魔法が使えなくなる上にどうしても身動きが取れない動けない期間があるから、その間フォローできる有能な配偶者を今のうちに迎え入れる必要があるんだよ。それにお前とフレンヴェール君では年が離れ過ぎている』

『年の差なんて、10や20離れている結婚もあるではありませんか!』

『この婚約はフレンヴェール君の名誉を回復させる為の婚約なんだ。38歳や28歳の男が18歳の女性を想うのと18歳の青年が8歳の女児を想うのとは訳が違う。大人が幼い相手への慕情を抱くというのはそれだけで穿った目で見られる。想いが強ければ強いほど、相手に近づきたい、触れたい、繋がりたいという欲求があるのだと解釈する大人は多い……ネクセラリア、恋や愛という物は絵本や物語で語られるような綺麗で美しいだけの物ではないんだよ。大人は皆それを知っているんだ』


 館から出さない代わりにお父様が色々取り寄せてくれる色々な絵本や物語――そこに描かれるような恋をお父様はやんわりと否定した。


 お父様はまだ私を子どもだと思ってる――私のフレンへの想い子どもが抱くような憧れだと思ってる――それが分かるとまた、モヤモヤが濃くなった。



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